「そっ、そうだったんだ……」
「うん……もうやらないって約束させたんだけどな……」
詳しくは聞かないが、多分先輩のあの怯えようからすると何らかの制裁が田尻先輩には八島から与えられたのだろう。
「あっ、ありがとう……助かった」
八島は昨日の様な屈託の無い笑顔を私に向けた。
「友達助けるのは普通だから」
「友達……」
「えっ? 違った?」
「ううん……そうだね」
友達──
ちょっと前なら、八島に友達と思われる事自体が信じられない事なのだが、今は何だか少しだけ……ほんの少しだけその言葉が淋しく感じた。
い、いやいや、別に私は八島が好きなワケでもないのに、何で……
「また……お礼しなきゃね」
私は笑顔を作って、動揺を隠しながら八島に言った。
「いいよ、昨日アイスもらったし」
念の為、八島のステータスを見るが結果はやはり……
測定不能──
「はぁっ……」
何故か深いため息が出て、俯きつつ教室に行こうと廊下を歩いた。
そんな私の目の前を誰かが急に立ち塞がる。
「冬月さくらさん!」
ハっとなって顔を上げると、そこにいたのは……
やっぱり……柊先輩だ。
「えっと……柊先輩?」
私は少し戸惑い、すぐ隣を歩く八島も柊先輩の突然の登場に何事かと立ち止まっていた。
「大事な話があるんだ……今から屋上に来てくれないか!?」
廊下を歩いている生徒達が一体何事かと、皆私達の方を見ながら通り過ぎてゆく。
「冬月……この人知り合いか?」
八島が私にコソッと耳打ちした。
「うっ、うん……まあ……」
昨日、思いっきり突き飛ばした柊先輩の私への好感度は何故だかMAXとなっていた。
何でっ!?
「頼む! 僕の話を聞いて欲しい」
柊先輩は私に深々と頭を下げた。
「わかり……ました……」
私は八島に大丈夫だからと伝え、先輩に付いて屋上へと向かった。
「急に呼び出して申し訳ないね、早速だけど……」
屋上に着いてすぐ、改めて先輩は私と一定の距離を取り、こちらに向いて真っ直ぐ私の瞳を見つめた。
そして──
「付き合って下さい!」
そう言って、私の前に片手を差し出し深々とまたお辞儀をした。
一瞬、ワケがわからなかった。
だって今私は、ずっと憧れだった柊先輩に告白されているのだから……。
ほんの二日くらい前なら、絶対に現実では有り得無かった事だ。
でも、今こうして私は柊先輩に告白を受けている。
それは紛れも無い事実なのだ。
だけど……
「ごめんなさい!」
私は謝罪の言葉を発して、先輩に深々とお辞儀を返していた。
本当に、二日前なら……
先輩の告白を受けないなんて、私自身が信じられないだろう。
だけど……
私は顔を上げて、再び先輩のステータスを見てみる。
恐らく、先輩の私への好感度が今MAXなのって……
先輩の持つドMのスキルに刺さったからではなかろうか?
……………………ムリだ。
その上先輩は、重度のマザコンという特殊スキル持ち。
二つも……。
無理ムリむり!!
絶対にムリ!!
何故、こんな優良物件な先輩に彼女が出来た話を聞いた事が無かったのか、今なら答えは明白だ。
出来れば知りたくは無かったが……。
けれど、私はそれよりももっと、先輩に「はい」とは言えない理由があった。
私は、先輩を……最初から好きでは無かった事に気付いてしまったのだ。
そうだ、本当に好きだったんじゃない。
先輩の事、最初から何も知らなかった……
ただ、憧れていた。
……ううん、みんなが憧れているから憧れるマネをしていた。
それに、気付いてしまった。
ただ、私は周囲に合わせていただけ……。
もし、本当に先輩が好きだったら、この特殊スキルを知っても私の気持ちが変わらなかったとは確証が無い、ただ、私はこの先輩の今まで知らなかった部分を知った時、本当に好きなら有り得ないだろう感情が自分の中にあった事だけは確かだった。
私は、何故かホッとしていた……。
それはきっと多分、先輩を好きだという事を止めて良い事にちゃんとした理由付けが出来たから、だと思う。
周囲に合わせて好きな人を自分が無理して作っていた事に、ようやく自分で気付けた。
「……他に好きな人がいるとか?」
先輩は私にとんでも性癖を知られているとは、まさか微塵も思っていないだろう。
まだ諦めたワケではないという感じで、私に冷静に聞いてくる。
「…………わかりません」
それが、今私の答えられる精一杯だった。
多分、まだ私には恋愛と呼べる感情は生まれてはいない。
何となく気になるとか、まだそんなレベルだ。
「僕には可能性無いかな?」
「本当にごめんなさいっ!!」
私は再び深々と頭を下げると、まだ何か言いたげな先輩を残して屋上を後にした。
人生初の告白イベントは、ゲームより呆気なくてなんだか拍子抜けだった。
たった一日で一気に恋愛イベントを複数こなして、エンディングイベントはイマイチとか……
まあ、案外リアルはそんなものなのかもしれない。
ちょっとがっかりしていると……
「冬月」
階段を降りて教室に向かおうとしたところで、今度は笹山と偶然出会った。
好感度は昨日から動いていない。
まだ、告白とまではなっていない事に少しホッとした。
「おはよう、笹山……ねぇ、あのさ……」
私は今思っている事を正直に笹山に話そうと思った。
「私ね、笹山と友達になりたいの」
突然の申し出に笹山は、キョトンとして私を見つめた。
「オレ達、もう友達じゃん?」
「そ、そうだとしても! ともかく、改めて……笹山と友達として仲良くなりたい」
そう、ちゃんと知りたいんだ私は笹山の事も……それから八島の事も……。
ちゃんと知って、それから……それからもし、誰かをちゃんと好きになれたら……。
私は、私の好きな人をちゃんと探したい。
「わかった! 友達な」
笹山はなんだか少し残念そうだけど、でも今はコレでいい。
教室に入ると、私はすぐに八島のいる机へと駆け寄った。
「八島」
私が八島を呼んだ瞬間、クラスは一瞬静まり返る。
「アイス……また食べようよ」
クラスメイトの視線が一気に私に突き刺さる。
「……おう」
しかし、そんなモノに全く動じす八島は私に満面の笑みで返事をした。
その様子を見たみんなは、驚きと少し安心した様子で私達を見ていた。
きっとこの笑顔を知ったら、クラスのみんなの八島への印象も変わるだろう。
もしかしたら、コレから私は笹山か八島の事を好きになるかもしれないし、ならないかもしれない。
だけど、私は本当に好きな人を見つけて、ちゃんと今度は恋愛をして彼氏を作りたい。
何となくとか、周囲に流されるんじゃなく……
ちゃんと、誰かを好きになりたい。
ゲームじゃなくて、リアルの恋をしたい。
周りは周り、私は私の恋愛観があるのだ。
ようやくそれに気付いて、そして……
翌日、私はもう例のコンタクトは付け無かった。
本来なら、人の中身なんて話したり仲良くなって知ってゆくものだから、ステータスとして表示されるのは確かに便利だけど、なんだか違うと思ってしまった。
私は、これからゆっくりと、色んな人と出会いその人達の事を知って、そして──
いつか、リアルで恋愛をしよう。