自宅に帰ると、玄関前で愛瑠萌が待っていた。

「何?」
とは言ったものの、大体の用件は分かっている。

文句だよな、きっと。
自分の不注意で怪我をするのは自業自得だが、人を巻き込むのは言語道断。
今日の俺は最低だった。

「今日のは俺が悪かった。下手したら怪我してたもんな。ごめん」
先に謝った。

しかし、愛瑠萌は首を振った。

ん?

「リュウ」
真っ直ぐ俺を見る。

「お願い。本気になって」
「はあ?」
驚いて見返すと、愛瑠萌の目に涙がにじんでいる。

何だ?
どういうことだ?
俺はいつも本気だぞ。
決して手を抜いたりは・・・

「ねえリュウ、今回が最後の大会なんだよ。小さい頃、準備運動の柔軟が辛くて泣いたことも、年下に負けて流した涙も、これで最後なんだよ」
挑みかかってくる口調だ。

「そんなこと、分かってるよ」
俺も言い返した。

言われなくたって、俺にだって分かっている。
長い長い時間をかけていっぱい涙を流して、それでも県代表にさえなれなかった俺の体操人生が終わるんだ。

「リュウ」
愛瑠萌がポロポロと泣いていた。
「私は出たかったよ。負けてもいいから出て戦いたかった」

俺は愛瑠萌の肩に手をかけた。

「馬鹿。真奈に怒られる」
「いいんだ。お前は親友。いや、同志だな。一緒に戦ってきた同志。だからいいんだ」
訳の分からない理屈を言って、俺は愛瑠萌の背中を包み込んだ。

小さい頃、すぐに泣き出す俺を愛瑠萌が慰めてくれた。
「リュウ泣かないで。愛瑠萌が敵討ちしてくるから」
いつもそう言っていた。

「リュウ、私の分も頑張って」
俺の胸元に顔を預けて泣き続ける愛瑠萌。
「お願いだから」
切ない声。

「ああ。頑張ってみるよ」

愛瑠萌のために、真奈のために、誰よりも自分自身のために、やるしかない。
それから大会まで、珍しく俺が本気になった。

髪も短く切った。
恐怖と戦い、怪我の記憶とも戦った。

幸い真奈は意識を取り戻したが、あまり会えない日が続いた。
とにかく今は大会に向けて、すべてをそこにかけた。