『お前さ、本当は変な子だと思うよ…』

……しばらく話を聞くだけにしよう。

『人間でいれば、誰でも中にもう一人がいる。だけど、ほとんどの人は何も気づかず人生を過ごしてる。一部の人は、子供の頃、中の人のことを気づいて、お前のように色んな世界(パラコズム)で遊んでたりする…』

わかるように、わからないように。

『…その一部の人をまた二つに分ける。一つ目は、成長するにつれて中の人の姿も見えなくなって、段々記憶からこんな人がいるのも忘れる。もう一つは…』

あぁ、魔法のように。

『お前みたいに、俺たちのこと忘れたくないし、出会った子とも別れたくない。たとえ、自分を壊そうとしても、中の人といたいと思ってる人だ。』
「なるほど…」
『お前が、昔からも【あっちの世界】(現実)が嫌いでしょう。』
「ええ。もちろん、今も。」

私が好きなのは、あなた達がいる世界(パラコズム)だ。
自分の存在や記憶はどうでもいいと思ってた。

選べるなら、私はあなた達の記憶だけ覚えて欲しい。
なのに、ヘミアとの別れで、私は気づいた。

私は、最初から選択権がなかった。

『…俺たちさ、実はもう一つの役目があるよ。』
「役目って、私を守ること?」
『それは一つで、もう一つは、あなたの物語(人生)を記録する。』
「…記録意味がないじゃない?」
『さっき聞いたよね。お前が仕事や学校へ行った時、俺が何かやってるか知りたいでしょう。俺は、いや、俺たちは、お前の物語(人生)をしてるよ。』
「なんでそんなことを…」
『お前の世界を崩れないように。』

私の世界(パラコズム)

『そして、お前自身が壊さないように。』

私の物語(人生)

『だから、俺は【蒼】と性格が違うけど、同じくお前を見守ってる。あっでも勘違いすんなよ。俺たちは役目だからお前を可愛がってるじゃないよ。』
「…そっか。」

なぜかホッとした。

『変なこと考えないでよ。俺たちはあんなにお前といたから、それぐらい信じてくれよ。そもそも、あの子はお前のために世界(パラコズム)まで用意した…』
「…ねぇ。」
『うん?』
「私の物語(人生)なんて、つまらないでしょう?」

栞とヘミアの物語(人生)を見てきたからこそ、言える。
自分の物語(人生)は、どっちに言うと、つまらないと思う。

『…さぁ。俺は普通だと思う。』
「そうなの?」
『でもさ、俺は他の子の物語(人生)も見たことないし、目を覚めてからずっとお前としか話せないから、お前の物語(人生)は、普通だけど嫌いじゃない。』
「ありがとうね。」
『ってか、一人の物語(人生)でこんなにたくさん物語(人生)もあって、どこかつまらないの?』
「たくさんってどういうこと?」
『その紙に書いた名前の子の物語(人生)、全部あるでしょう。』
蒼は指を指して、笑いながら言った。

…うん?今のは聞き間違い?

「…全部あるって、消えてないという意味なの?」
『俺、消えたと言ったか?』

あっさりと言った。

「…それ違うよね?」
『え?何か?』
「だって、私が忘れたから瑠璃の部屋が消えたでしょう?私が忘れたから、ここ、2階建ての洋館からこんな感じになったではないの?」
『あっそういうことだ。お前、記憶についてうるさかったので、説明しなくてもいいと思った…で、簡単に言うと、お前が思い出せないだけで、永久に消え去った訳じゃないよ。』

消えてない。
ただ思い出せない。

「それって、何か違うの?」
『お前があの子達と出会ったのは事実だった。俺が証明できる。お前が言った通りに、お前以外の誰にも俺たちの存在を証明できない。それと一緒だったよ、お前が彼女達と出会ったということを証明できるのは、俺とあの子しかいない。』
「…ってことは、私がいつか思い出せる?」
『あぁ。』
「じゃ、なんで…」
『決まってるのはお前の脳だよ。お前がこれからも覚えられないと行けない情報がいっぱいあるし、全部覚える必要ないだろう。』
「なら、どうやったら思い出せるの?」
『さぁ。でも、あの子ならできると思う。』
「…蒼も記憶良いの?」
『どうかなぁ…普通だと思う。でも、俺は基本日常的に覚えることないので、お前のこと覚えるくらいできるよ。』
「…でも、そんな…」

それなら、蒼と【蒼】の物語(人生)はどうになったの?

『俺たちの物語(人生)はどうでもいいよ?』
「いい訳ないでしょ!」
『俺はいいと思う。お前の物語(人生)に俺の存在があるだけで充分だ。』
「…バカな話言うな…」
『しかも、彼は、お前が安心できる拠り所を作り出した。』

蒼の話を聞きながら、何故か目が暖かくなった。

私、一体なんで泣きそうになったでしょう。
【蒼】に申し訳ないと感じたか?
みんな忘れたくないと言ってるのに、忘れてしまったから?
それとも、大切な人たちから頂いた物を、自らの手で壊してしまうそうから?

『お前、泣きすぎだろう。』
蒼をそう言いながら、私の涙を拭いてくれた。

彼達が、今まで頑張って私を守ってきた。
知ってると思うけど

『お前はさ、昔から辛くても誰にも言わずに何でも独りでする。』
「……」
『ずっとお前の人生を見てきた【蒼】ならわかるはず。お前の心理状況もわかってるし、お前がいつか自分の世界(現実)を壊そうとするのもわかる。』
「…ごめんなさい。」
『責めてないよ。』
「そんなつもりがなかった…」
『まぁ、彼のやり方として、お前の記憶を保管したり修正したりしただけだった。』

…今、修正って言った?

『脳から必要ではないと判定された記憶も、お前が大切だと思ってるなら、こっそり保管してる…』

ふっと、私の中に酷い事を考えた。
人間の脳は、万能ではない。妨害も起こる。

「…類似の記憶がお互いに妨げ合い…」

類似の記憶がお互いに妨げ合い、
正しい記憶が表面に出てくるのを邪魔する。

こんな仕掛けがあるから、人間はものを忘れて、
新しい情報を吸収しながら記憶を上書きしたりできる。

『今、何を言った?』
「…繋がりだけではないよね?あなた達が、私の記憶を記録だけではなく、修正もできるよね?いや、先イリスの件にもわかるけど、【蒼】は記憶を干渉してから記憶を保管してるよね?」
『あぁ。』

保管するだけなら、別に【蒼】がやらなくてもいいんだ。
私が望んだように記憶を保管する。
ちゃんと私の意向を聞いて、それから反応してくれた。

こんなことができるのは、
私の中の住人、彼しかできないんだ。

『彼はしっかりしてるよ。気分や面白いと思ってお前の記憶を干渉したことない。お前が、もう二度と自分を壊さないように、居場所も、生きる理由も用意した』

生きる理由。

自分の世界を好きになる理由。

「…私、今凄くひどいこと思いついた。」
『ひどいこと?』
「私が、何回も、自分が死んだら【蒼】もヘミアも死んでしまうと思ったよね。もちろん、今も、私が死んだら蒼と栞が死ぬと思ってる。」
『で?』
「この考え、この感情も【蒼】が用意したの?」
『そうだよ。』

蒼はあっさり認めたせいか、自分も思ったより冷静だった。

いわれば、そうだったよね。
正直、私はその日のことほとんど覚えてない。
十年以上も経ったし、覚えなくても普通だと思う。
今でも残ってるのは断片的な記憶だけだった。

もちろん、それだけでも当時の私の気持ちを蘇る。
映像には、キッチンでナイフを持ってる右手と、キッチンのタイル床だけ。
そのあと残るのは、自殺した後にどうなるか必死に考えてた。

しかし、この記憶を回想した度に、一番強く出てるのは、
【自分が死んだら【蒼】も消えてしまう】
という考え方だった。

「…今さらだけど、確かに彼からそう言われたことない。」

普通、影響を与えるや大事な話であれば、忘れないよ。
特に、話し相手は【蒼】だとしたら、忘れるはずがない。

『まあ。あの子も、お前を止めようとしたかったでしょう。』
「蒼もやった?」
『やったって?』
「私の記憶、干渉した?」
『あんな大変なことはすん…あっ。』

蒼は突然口を噤んだ。

「したよね?」
『…俺はあの子みたい大事してないよ。』
「へぇ。」
『ただあの男との記憶だけいじってみただけ…いや、いじると言えないかも。あの男との記憶の中にある嫌な気持ちを強くさせただけ。それは俺が悪いが、あの男と付き合うのはやっぱやめ…』

蒼は焦ってるように、頑張って説明してる。
いつも余裕でいるのに、一瞬子供のように見える。
そんな姿を見ると我慢できず、ぶすっと笑ってしまった。

『…大丈夫なの?』
「あっごめん、ごめん。でも怒ってないよ、ありがとうね。」
『ありがとうって…お前、やっぱおかしい。』
「てか、そんな便利なスキルができるなら、もっと早く言ってよ。学生時代の恥ずかしい思い出も消してくれない?」
『ダメに決まってるでしょう。』
「ケチ。」
『それ、お前が思ったより大変だよ!』

なるほど、これならわかるようになった。
なぜか、特にこの一部の気持ちが通常よりも強いか。
妙に納得できて、嫌な気持ちではない。

「…もしかして、蒼は私が思ったより有能だったかなぁ。」
『有能かどうかわからない。ただ、あの子は違う。』
「違うのは?」
『俺から見ると、そこまでしなくても良いじゃないかと思った。彼のやり方ですると、お前に不利なことや害があるものを全部排除する。ここよりも、もっと深い所へ押しやる。』
「へぇ…」

深い所はどういう意味だろう。
私の質問を聞けるように、蒼はそのまま話し続ける。

『お前が自らの力で絶対行けない場所だよ。俺もそんな記憶を取り戻せない。』
「うん?なら、いい。」
『…なんだ、今回大人しいじゃないか?』
「【蒼】がその方がよいと思ってるからこうしたよね。別に、私は反対しない。」
『そうだけど…』

彼達と何年もいたからこそ、はっきり言えない気持ちたくさんある。

この世界に、もし無条件の愛や信頼があるとしたら、きっと彼達のことだと思う。
私にとって、二人は不可欠な支えを与えてくれる存在だ。

『そこまで言うか。』
「事実だし、それに、個人的な意見だけど、今所有してる記憶があるから、今の私がいる。もし記憶を無くなったり新しい記憶を増えたりすると、それによって、私の行動や考え方も変わる。」

そうすると、あの時の私は、もう今の私ではない気がする。

「私、このままにいてほしいと思う。」

なんでもできるタイプではないのに、ヘミアは私のこと信じてくれる。
お金も権力もないのに、栞はずっと私の側にいてくれる。
好まれる人ではないのに、【蒼】が私のこと大切にしてくれる。
こんなつまらない人生を、蒼が好きだと言ってくれた。

彼達がいると、自分はどんなことがあって、大丈夫だと思う。

『それは一番大事なこと。』