蝋燭の火が訳もなく揺らめく。風も吹いていないのに、今の惨劇に動揺しているようなそぶりを見せているのか、左へ右へと絶え間なくその身を動かしていた。
 「なぁトム。叔父を発見した時、お前は犯人を見たのか?」
 止血をする目的で、叔父の刺された箇所を布で軽く押さえ付けながら、俺はトムを見ずにそう尋ねた。
 「見ていたら俺もおじさんと同じ様になっていた」
 「・・・そっか」
 そう言われて愚問を口にしたのだということにはじめて気づく。
 花とトムは広間のどこかに消毒液があるかどうかを探していた。あるわけもないとは思うが、このまま何も手当てしないと叔父の傷がさらに早いスピードで悪化していく。そしてジェイクはずっと椅子に深々と座りこんだままで、クローデットは何かを考えていた。
 「ねぇ。思ったんだけど、やっぱり犯人って、一人だけじゃないんだと思うの」
 ふとクローデットがそうつぶやいた。その言葉にジェイク以外のほかの二人が一斉に彼女の方を向く。
 「なんでそう思ったの?」
 花がすかさずそう尋ねる。
 「だって、タイミング的に一人じゃありえないの」
 「どういうことだ?」
 「ほら、だって銃声がしたあの時、あの後すぐに屋敷の電源が落とされたでしょ。でもさ、よくよく考えてみれば、おじさんが倒れていたあの場所と、この屋敷の電源装置がある場所って、お互いに全然近くないじゃん。電源装置はこの屋敷にいくつもあるけど、おじさんが倒れたあの場所からものすごいスピードでどの場所に走っていったとしても、限界はあると思うの」
 「確かに」
 俺は思わずそう口にした。自然と目が見開き、さらに寒気が襲う。
 「つまり、叔父を殺そうとした犯人と、電源を下ろした犯人の少なくとも二人がいるというわけだ」
 そう俺が付け足すと、不意にジェイクがつぶやいた。
 「僕見たんだ。トムが倒れていたおじさんを見下ろしていたところを」
 「――待って、それどういうこと?トムが犯人とでも言いたいの?」
 その言葉に花が一番に食いついた。トムも一瞬手元を止めてテーブルにいる俺たち三人の方に顔を向けた。トムが犯人なわけがない。そう花は思っているのだろう。それには俺も同感だ。トムが犯人なわけがない。
 「さっき屋敷の中で迷っちゃったんだ。それであの北廊下の方まで知らない間に行っちゃって、でそこでトムがおじさんの横に立っていたのを見たんだ」
 腕を枕代わりにして、ジェイクは顔を埋めながらくぐもった声でそう付け足す。
 「え?トムがジェイクを見つけて、そのあとに二人でおじさんが倒れているのを見つけたんじゃないの?」
 想像していた事実と違って、予想外な言葉にクローデットがジェイクにそう確認した。ジェイクはわかりづらく頷いた。
 「そうなのか?トム?」
 そう俺が尋ねると、トムは「ああ」と簡単に応答する。
 「だとしたら・・・わからないかもしれない」
 恐る恐るクローデットはそう言った。前で手を組んで口を隠し、目を横に泳がせる。こちら側を見る勇気がなかったようだ。
 「トムがそんなことするわけがないだろ」
 信じられないという感じに一笑いして、俺はそうジェイクとクローデットに軽く叫んだ。トムが人を殺すわけがない。小さいころから一緒にいた俺だからわかる。あいつは冷酷無情な奴とは真反対で、むしろ人を進んで助けるような人間だ。さっきだって、ジェイクが走り去った時、一番に追いかけていったのはトムじゃないか。
 「あくまでも可能性の話だよ。おじさんがこんな状態になったんだから。誰だって正常に判断なんかできたりはしない」
 クローデットがさらに付け足す。
 「いや、トムは違う」
 俺は断固そう言い張った。
 「考えてみろよ。俺たちはみんなまだ子供だぞ。それが一人の成人男性を、しかも拳銃を持っている奴を力まかせに倒せると思うか?」
 「そうよ」
 花が俺の肩を持つ。
 「でも、トムならいけるかもしれない。ものすごく強そうだし、拳銃を持っていたとしても、後ろから奇襲をかけたのなら、無理な話でもない」
 尻すぼみになりながらも、クローデットはそうしっかりと発言した。トムはさっきからずっと黙ったままで、身動き一つ取ろうとしなかった。
 「どうしてそうトムを殺人犯に仕立て上げたいの?」
 衝動に駆られて花は立ち上がってクローデットの方に向かって叫んだ。少し声が震えていた。
 「落ち着いてって。だからあくまでも可能性の話だから」
 「可能性の話って・・・トムを信じていないからでしょ!」
 「こんな状況下で誰を信用すればいいって言うの?」
 クローデットの言葉に花は一瞬言葉を詰まらせる。
 「・・・だとしても、トムは絶対にやっていない!っていうかそんなことより、あなたたち二人もそこでずっと座っているんじゃなくて、少しは役に立とうとしたら?」
 「そっちこそそんなに怒らないでよ。あなたたちがどれほど友情深いだろうとトムに疑いがかかってしまう状況になっているのは客観的に見て当たり前でしょ!」
 ずっと我慢していたクローデットもついには叫び口調になってしまった。またクローデットと花が喧嘩を始めようとする。俺はまた慌てて立ち上がった。
 その時。
 「バンッ」と響のいい音がして、みんなが固まった。音を出したのはトムだった。彼は先ほどと同じように荒く呼吸をしながら、みんなを交互に見つめた。そしてゆっくりと口を開いて声を出す。
 「俺、犯人を捜してくるよ。おじさんの仇を取りたい。それに自分が無実だってことも証明したいから」
 トムの言葉に俺はすぐに乗った。
 「それなら俺も一緒に行く。協力する」
 「危ないよ・・・ここで待っていた方がいいって」
 さっきとは反対に花はそう留まった。しかし、いくら言っても揺るがなさそうな俺とトムを見て、花も渋々手を挙げて「私も行く」と一言言った。
 「僕は絶対に行かない。絶対に!」
 聞いてもいないのにジェイクはそう主張した。そして俺たちは残ったクローデットに目を当てた。
 「・・・私もパス。こんな殺人犯が徘徊している屋敷をうろつくのは自殺行為だし、それにおじさんだって誰か見守ってあげる必要がある。広間が安全だとは思わないけど、少なくとも誰かに追われそうになったらすぐにでもこの屋敷から出られるから」
 そういって彼女は玄関の方に顔を向けた。
 不本意ながらも、また俺たちは二つのグループに別れてしまった。さきほど言ったようにあまり散ってはいけないのだが、トムに疑いが掛けられてしまっては元も子もない。
 こんな屋敷の中をぶらつくのは正気でないことは十も承知しているが、花とトムの二人と一緒に行動できるのであれば、少し安心できそうもあった。なんとなく胸が高鳴り、俺たちは武器になりそうな鈍器をそれぞれ持って、広間から廊下に出た。