『 親愛なる我が息子へ
 あなたがこの手紙を見ているということは、自分が今最悪な事態にあるのだということです。そのことについて自覚を持ってください。私は、これとは別に、もう一通の、本来ならばそちらがあなたに届くはずの遺書を自宅に置いたつもりでした。でもどうやらこの遺書を読んでいるということは、何かあってその遺書を読むことができなかったのだということですね。でも決してあきらめないでください。今から私が伝えることを、何一つ忘れることなく、しっかりと心に銘じること。頼みました。もうこれ以上、自分の家族が悲しい目に遭うのを、私は耐えられません。
 あなたに話すべきことが多すぎて、どれから話せばいいのか、正直迷ってしまいそうです。
 まずはあなたに「デミアン」の存在を教えましょう。デミアンという名前に、あなたはどこかピンとくるところがあるかもしれません。あなたのお母さんは十年前の頃に亡くなりました。でもあれは、本当のところ、まったく事故などが原因ではなかったのです。
 あの日の夜は、本当に私たち一家にとって、とんでもなく不運な夜と言えましょう。私はその夜、会社の会議が長引いてしまい、いつもよりも帰るのが遅かったのです。しかしあなたとお母さんはいつものように、自宅で過ごしていましたよね。そしたら、急に包丁を持った、不気味な笑みを浮かべる男が家に押しかけたのです。それにいち早く気づいたあなたのお母さんは、あなたと一緒に二階の、もう今は無くなってしまったタンスの中に隠れました。あの時、その男はあなたたちの存在に気づいていなかったようで、本当ならそのまま隠れきれたはずだったのです。しかしそこをあなたが怖さのあまりに泣き出してしまったがために、二人は居場所がバレてしまい、その男に見つけられてしまいました。母親はあなたを匿うがばかりにその男に立ち向かい、そして殺されたのです。そして隣人が騒ぎに気づき駆け寄ってくれたことが、幸運にもあなたが死ななかった原因でした。私が自宅に駆けつけた時、家はもう赤と青の光に囲まれていました。警察の調べが続く中、母を殺した犯人はいまだ見つからず、私は途方に暮れました。
 そしてあなたはその夜から、一部のことに関して記憶喪失になってしまったのです。医者は、おそらくそれはあなたが精神的ショックからなる自己防衛を働かせたのだと言っていました。あなたは母の死が自分のせいだと思い込んでいるがために、その苦痛から自分を守ろうと、それに関する記憶を抹消したのです。そしていつしかその苦痛を肩代わりしてくれるもう一人の存在を自身に作り上げてしまった。
 その子の名前が「デミアン」だったのです。
 あなたはデミアンの存在に気づきませんでした。はじめの頃、私はデミアンと出会ったときに、それはてっきりあなたの何か子供じみた演技なのではないかと思って深刻には思わなかったのです。しかしある日、あなたは私の前に信じられない代物を持ってきたのでした。それは腹を切り裂かれ中身をえぐり取られた一匹の猫の死骸でした。あなたはそれを私に突きつけながら薄気味悪く笑い、その猫を嬲っていた時の興奮を私に語り掛けたのです。それなのに、少し時間が経てば、あなたは猫を殺したことについて、まるで人が変わったかのように、一切の記憶を持ち合わせていなかったのです。その時に確信したのです。あなたにはもう一人の人格がやはりいたのだと。そして、そのデミアンという子はとんでもない反社会的パーソナリティー障害を持った、ねじ曲がった性格の持ち主であるのだと。
 デミアンは隙あらばあなたから身体を奪い、殺戮行為を行うようになっていました。そしてとうとう人間を傷つけるようになったのです。それを見て私は、いずれ彼が人を殺してしまうのではないかと恐れ、病院に相談しました。病院からはカウンセリングなどの心の治療を私に勧め、あなたは私に連れられてそこで何日も何日も治療を受けましたが、一向に治る気配はしなかったです。それで焦った私は、一縷の望みをかけてあなたを教会に連れて行きました。そうしたら、神父の方がこれは呪いだと言ってくださったのです。デミアンは重度の心的障害から昇華し、呪いとなったのだと私に告げました。私は急いで彼に尋ねたのです。治る見込みはないのか、と。そしたら親切な彼はあの手この手を使って、私に協力し、ついにはデミアンを封印することに成功したのです。
 しかし、デミアンはまだ永遠に封印されていなかったのです。デミアンが完全に封印され、そしてあなたの身体から離れ切るには、十年もの長い月日がかかるとのことでした。ええ、あともう少しのことでした。
 そしてその間にも、私は多くのことを守らなければならなかったのです。もしそのどれかを破ってしまえば、デミアンは再び蘇り、そしてあなたのとりつき、今度はあなたのすべてを食い尽くすと、神父は言っていました。
 一つ目に、デミアンを封印するために、特別大きな屋敷を作る必要があったのです。しかもその屋敷は人気から離れた、誰の手にも届かないようなところにないといけないのです。そうすれば、デミアンは彼にある僅かな善良な意志によって浄化され、永遠に消えるのです。
 そして、その屋敷というのが、今あなたが踏み入れているであろうその屋敷のことです。
 二つ目に、あなたをその屋敷に入れてはならならない、ということでした。デミアンがいるこの屋敷の中にあなたを入れるのは当然ただの自殺行為です。デミアンはあなたの体に入り、そして絶え間なくあなたを貪るようになってしまうのです。
 そして三つ目に、あなたは何があってもこれからの人生で、三人以上の人間を殺してはならないとのことでした。あなたからデミアンは離れ封印されたのですが、それでもあなたが三人以上の人間を殺せば、あなたのうちに眠る悪意が目覚め、デミアンを誘ってしまうのです。そうなってしまうと、デミアンはいとも簡単に封印から解かれ、あなたの身体にとりついてしまうのです。
 そして以上の三つのルールを守り切れれば、あなたは本当の意味で、デミアンの呪いから解放されたということになるのでした。私は屋敷の封印を守るために、一か月に一度、定期的にそこへ通っていたのです。そこでの掃除や手入れ、その他もろもろのことを、同伴した召使いたちとともに大々的にやっていました。誰もいないはずの屋敷の中は、私が訪れるたびに、荒れていて、それがデミアンの仕業であるということを私は分かっていたのです。
 でもそれももう遅いです。なぜならあなたがこの手紙を読んでいるということは、もうすでに屋敷の中にいるということにほかならないのですから。私は急に病で臥してしまい、屋敷を守る後継者として誰かを選ぶのにも時間が足らなかった。だから私はあなたをこの屋敷から、できるだけ遠ざける一心でいました。
 ですが、だからといってあなたはまだあきらめてはいけません。決してあきらめないで。館に入ってしまったからと言って・・・最悪のケースとして一人、二人と人間を殺してしまったとして、それでも、まだデミアンはあなたの体を侵食しきることはできていないはずです。もし、正気を保っているあなた・・・リアム、まさにあなたがまだいて、この手紙を読んでいるのなら、心のうちにいるデミアンと戦い、そして屋敷からできる限り離れてください。これが最後の忠告になります。もうあなたに残された道はない。今すぐ、ここから出てください。そして二度とここへは戻らないと誓ってください。
 もし・・・もし二人以上の人間をあなたが殺めてしまったその時、あなたの体のほぼ半分以上はもうすでにデミアンに侵食されていることでしょう。そして屋敷の中はデミアンの呪いが蔓延っています。このままではあなたは直に三人目の人間を殺してしまう。そうしてしまう前に、すぐにここから出てってください。早く!
 あなたのことを愛しています。
 愛するあなたの父より』