「約束して」


迷いながら口を開くと、彼が隣でこちらを見た気配がした。


「成仏したら、もうあたしに構わないって約束して」


彼の方を見れないまま、まだ決心のつかない気持ちをどうにか整理しようと頭の中で考える。

相手は幽霊だ。
生きた人間じゃない。
ここを追い出して野宿になっても、どれだけ暑くても寒くても、お腹が減っても、喉が乾いても、もうすでに死んでいる。
今さら追い出したからって、彼を殺すことにはならない。



「記憶探しも、成仏できない理由も、あたしには関係ないから。
キミが勝手にやって。
でも、この部屋を追い出すとあたしが悪者みたいじゃない。
だから……」


まだ全てを現実として受け止められたわけではない。
でも出会ってしまったんだ。


「キミはとっとと、成仏してこの部屋を出て行きなさい」

「いいの?」

「いいも何も、そっちが頼み込んできたんじゃない」


言いながら隣を見ると、彼は満足そうに笑っていた。
見た目には呼吸をして感情を持って、何ら変わりない。
彼を見ることができる人がいたら、彼を幽霊だなんて思いもしないだろう。


「ありがとな!絃ちゃん!」

「あっ、でも変なことしたら出て行ってもらうからね!」

「心配すんなって、俺もう死んじゃってるからさ!」



ああ、本当に。

嬉しさを全面に出しながらあたしを抱き締めてきた彼は、とても冷たくて、身震いをしてしまいそうな程、重なった部分が寒かった。

引き剥がそうとしたけれど、できなかった。


「じゃあ、同居許可も出たことだし、お祝いにお茶でも飲む?」

「調子に乗るな、ここあたしの部屋!あたしの家!」


注意も聞かずに、自由に戸棚を開けていく彼は楽しそう。
適当にグラスを二つテーブルに並べると、冷蔵庫から冷えた麦茶を持ってくる。



「それじゃ、これからよろしくな」

穏やかな表情でグラスを渡されてから、二つのグラスがぶつかった。


「乾杯」


彼は物を掴めるし、飲み物だって飲める。
もちろん食事だってできる。
必要ではないけれど、生前できていたことを当たり前のようにやってのける。
もちろん彼が動かしているものは、彼を見れない人からすると、ホラー映画によくある物体だけが宙に浮かんでいるあの現象と同じらしいけれど。
大抵のことができるのだ。


ただひとつ、こちらから干渉することができない、ということを除いて。