見えてるって、なに?
さも普段は見ることができないみたいな言い方。


「いや、あんた、いっつも話しかけても返事しないから。
てっきり見えてないんだと思ってた」


ちょっと嬉しそうに話し出した彼に、あたしは呆気に取られたまま。
あきらかに怪しい状況なのに、不思議と彼から敵意や悪意を感じない。
それどころか、妙に興味が沸いてきてしまっている。



「俺、ここに住んでるんだ」


しれっと言い放った言葉に、思わず反論した。


「ここ、あたしの部屋なんですけど。
先週から、あたしが契約して住んでる部屋なんですけど」


もしかしたら彼は、部屋を間違えたのかもしれない。
大屋さんに聞けば、あたしが契約を交わして借りていることは証明できる。
でも、だとしたら?
普通部屋を間違える?
そもそも鍵はどうやって開けたのか。
他人の部屋で、こんなにのんびりくつろいでいるのは、やっぱり……いや絶対におかしい。



「"今"はあんたがこの部屋の借り主かもしんないけど、元々は俺が住んでたわけ」

「言ってる意味がまったくわからないんだけど」



戸惑うあたしを横目に、彼は困ったように答えた。




「俺さ、幽霊なんだよね」



ソファーから降りて立ち上がると、真っ直ぐにこちらを見つめた彼と目が合った。



「自分でも、なんでこうなってんのかわかんないんだけどさ。
でも俺、死んでるんだよ」

ゆっくり距離を詰めてくる彼に、あたしは初めて危機感を肌で感じた。


「死因は事故。それから5年。
ずっとこの姿のまま、この部屋に住んでる。
だからさ、ひとつあんたにお願いがあんだけど」

じりじり近寄ってくるその瞳から逃げるように、あたしは無意識に後ずさった。



「お願い……?」

様子を伺うように愛想笑いをしながら聞き返す。


「そ、お願い」

ニタッと笑ったその表情に、全身凍りついてしまいそうだ。
もう、こっちに近づいて来ないでくれ。
幽霊?意味がわからない。
お願い?なんであたしがそんなこと。


視線を外してから顔を上げられずにいると、とうとう目の前まで来た彼の手のひらが、ふわっとあたしの頭に触れた。



「ごめんごめんっ!そんな怖がんなっつの!
なんもしねーよ」