仕方なく、着物をさばいて座布団の上に座る。
 こうして机を挟んでだがしっかり相対すれば、天野の容姿の良さは後光さえ差して見えるほどだ。
 警戒心をむき出しにする玲央奈に、天野は紫紺のネクタイを直しながら「君は『半妖』というものは知っているか?」と問いかけた。

「はんよう……?」

 玲央奈は記憶を辿る。昔、玲香がその単語を口にしていた気がするのだ。だが、なにぶん呪いを受ける前のことなので、あやかし関連への興味が薄く、ぼんやりとしか覚えていない。

 答えあぐねる玲央奈に、天野は訥々と説明する。

「簡単に言えば、あやかしの血が混ざった人間のことだ。主に先祖返りで子供の頃に発現して、一見すると普通の人間だが、なにかしらのあやかしの力を持っている。力の特性や強さは個々によって違うが、希少な存在であることは確かだな」
「……天野主任が、その半妖だって言いたいんですか」
「そうだ」

 あっさりと、天野は肯定した。

「あやかしの分類は大きく分けて二種類。『種族名のあるもの』と『種族名のないもの』に区別される。種族名というのは、有名どころだと『河童』や『妖狐』、『天狗』などだな。種族名のある方が理性的で、人間にもまだ友好的なものが多い。まあ、一概に安全なものばかりとも言えないが。半妖に混ざっている血の元は、大半が種族名のあるあやかしだ」

 分類についても、聞き覚えはあったがふんわりとした認識だった。
 数日前、玲央奈を早朝から襲った緑の球体のあやかしは、おそらく種族名がない。道端で異空間に閉じ込めてきたあやかしは、姿を見ていないので未知数だが。
 また種族名のあるあやかしは『名持ち』、種族名のないあやかしは総称して『名無し』とも呼ばれるらしい。
 ということは……。

「半妖の天野主任にも、種族名があるんですよね? なんの種族なんですか?」
「気になるか?」

 ニヤリと口角を上げる表情が、天野は嫌味なほど様になっている。
 玲央奈はまだ、半妖云々の話を完全に受け入れたわけではないが、彼にあやかしの血が混ざっているという点は納得できた。
 本性を全開にした天野が纏う雰囲気は、どこか危うげで人よりあやかしに近い。

「君には教えておくか。俺は『のっぺらぼう』の半妖だ」
「……いや、ウソですよね。なんとなくわかりますよ」
「バレたか。本当は『一反木綿』だ。知っているか? 白い布切れみたいなあやかしの」
「知っていますけど、それもウソですね」
「やはり潮に俺のウソは通じないな。正解は『天邪鬼』の半妖だ。人の心を探るのに長けた、ひねくれ者の鬼」

 そのままじゃん、と玲央奈は思った。

 あやかしの血というのは、半妖の者の性格にまで影響するのか。玲央奈をからかって楽しそうにしているところなんか、まさに天邪鬼だ。

「俺の天邪鬼としての力なんて地味なものでな。人間の胸の内がぼんやり読める程度だ」
「その力を上手く利用して、みんなを騙くらかしているんですね」
「人聞きが悪いな。悪用はしていないつもりだぞ? 常時読めるわけではなく、読むには妖力を使わないといけないしな。それに相性の問題で、君みたいにどうあがいてもまったく読めない相手もいる」

 探るような目を天野から向けられ、玲央奈は強気に睨み返す。胸の内なんて一生、天野に晒すつもりはない。

「鬼の半妖は普通の人間より、身体能力が高いという特性もある。あやかしの力は『妖力』というのだが、特に俺は半妖の中でも妖力が強い方だ。あとはそうだな、俺は妖力を使うときは目が赤くなる。他にも特性や、力を使いすぎると厄介な弊害もあるが……詳しいことは追々、俺と夫婦になる君にはわかることだろう」

(ちょっと待って、いまサラリと聞き捨てならないことを言わなかった?)

 玲央奈の顔に特大の疑問符が浮かぶ。
 対照的に、天野は優雅に座卓の上で両手を組んだ。

「さて、半妖について知ってもらったところで――本題に入ろうか、潮」