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 高校生になってから、すぐに柚子はバイトを始めるようになった。

 居場所を見いだせないあの家に帰るのが嫌だったからだ。

 安心できるのは学校とバイト先、そして祖父母の家だけ。

 それ故、平日は学校とバイトに行き、土日は朝からバイトを入れて働き、その後祖父母の家に泊まりに行く。
 ということを繰り返し、できるだけ家にいないようにした。


 祖父母の家が比較的近かったのが、唯一の救いだと思う。
 そうでなければ、柚子なくして成立しているあの家で息が詰まる思いをし続けなければならなかった。


 それでも、まだ未成年の柚子。
 全く家に帰らないというわけにもいかない。
 たとえ両親が、いてもいなくても柚子に興味を持たなかったとしても。


 家の玄関を前に、柚子は深呼吸する。
 ただ家に帰るのに、こんなに憂鬱な気持ちになる者などそう多くはないだろう。

 しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。


 溜息を一つ吐いて、ゆっくりと家の中に入る。



 中に入って行くと、リビングから楽しそうな話し声が聞こえてくる。

 父親は会社。
 しかし中からはいないはずの男の声が聞こえてくる。


 ああ、彼が来ているのか。
 特に何かを感じる事もなく、無感情にそう思っただけで、柚子はリビングに入ることなく自分の部屋へと入っていった。


「柚子ー!」


 しばらく学校の宿題をしていると、リビングから母親の呼ぶ声が聞こえてきた。


「柚子、帰ってるんでしょう?晩ご飯作るの手伝ってちょうだい」


 仕方なく、柚子は本を閉じてリビングへ向かった。


 リビングに入れば、母親がグチグチと文句を言い始める。


「もう、柚子。帰ってるんだったら呼ばれる前に手伝いに来なさい」


 普段柚子には見向きもしないのに、こういう時だけは柚子の事を思い出して名前を呼ぶのだ。

 でも、この母親は普通に柚子の母親をしているつもりなのだ。
 自分に非があるとは微塵も思っていない。
 だから、最もらしいことを言って柚子を叱れるのだ。


 それに、柚子には手伝えと言うのに、すぐ近くにいる花梨には、手伝えなどとは言わない。
 その事に気付いているのかいないのか。
 もう、柚子は両親に己の心情を訴えることは諦めている。


 まあ、気付いていたとしても、彼の前で花梨を働かせるような事はできないだろうが。