「大丈夫か、柚子?」
青い炎が消えると、柚子は玲夜の腕の中にいた。
玲夜に横抱きにされた柚子は、玲夜の顔を見上げる。
青い炎に包まれていた時と同じ、何とも言えぬ安心感が柚子を温かく包む。
「うん。大丈夫」
ゆっくりとその場に下ろされる。
少しよろめいたが、そこはすかさず玲夜が支えた。
「ありがとう」
そうお礼を言うと、玲夜の手が柚子の頬を撫でる。
ピリッとした痛みが走ったが、玲夜の紅い目が光ったかと思うと、痛みがスッと引いた。
「他に痛いところはないな?」
玲夜が治してくれたことを理解して、もう一度お礼を言う。
「ありがとう」
「いや、これは俺のせいだからな。悪かった」
「なんで、玲夜が謝るの?」
「……柚子の後をあの女が追いかけて行ったのに気付いていながら見ていた。だから柚子は俺を責めていい」
心配そうに、そして後悔を瞳に宿した玲夜を責める気にはならなかった。
そもそも、花梨が階段から柚子を突き落とすまでするとは玲夜も思わなかっただろう。
柚子ですらそこまですると思わなかったのだから。
階段を見上げると、今さらしでかしてしまったことを理解したのか、顔を青ざめさせた花梨が佇んでいた。
恐らく花梨ですらも衝動的だったのではないかと柚子は思う。
「花梨!」
柚子の横を通り過ぎ階段を駆け上がっていく瑶太。
花梨は泣きそうな顔で瑶太にしがみ付いた。
「おやおや、やっちゃったねえ」
「ほんにのう」
続いて、玲夜の父親と撫子までもが姿を見せた。
「柚子ちゃん、大丈夫かい?」
柚子の顔を覗き込んで問い掛ける玲夜の父親に頷いて大丈夫であることを伝える。
「そっかー、なら良かった。……さて、撫子ちゃん」
「そうじゃの。警告はちゃんとした。それだというのにこれほどに愚かとは」
撫子は階段の上を見上げ、目を細めた。
「瑶太。分かっておるな?」
びくりと瑶太が体を震わせた。
「当主として、その愚か者を一族に迎え入れることはできぬ」
「撫子様、どうかもう一度だけチャンスを!お願い致します!今度はちゃんと言い聞かせます。ですから……」
瑶太の心からの懇願は一蹴されることになる。
「ならぬ。その者はすでに二度過ちを犯しておる。己が身を顧みる機会はこれまでにあった。その機会を潰したのはその娘自身。そして、甘やかすだけでそれを止めなかったそちの罪だ」
「玲夜?」
話が見えない柚子は玲夜を見上げる。
「妖狐の当主との間で話し合いをしていた。次にあの妹が柚子に手を出したら、妹は両親と共に遠い地へ送られ、あの小僧の花嫁とは認めないと」
「それじゃあ、花梨は……」
柚子は階段上の瑶太を見ると、瑶太は離したくないと訴えるように花梨をきつく抱き締める。
そんな瑶太に、撫子は最後通告を叩き付けた。
「その娘を両親と共に送り返せ。これよりその娘は花嫁ではない。当主たる妾が花嫁と認めぬ」
がっくりその場に膝をついた瑶太。
花梨は何が起こったか分からないようで、おろおろとしている。
「よ、瑶太……?」
「なんでなんだ、花梨。あれだけ、あれだけ姉には近付かないようにと言っていただろうっ!?じゃないと俺達は一緒にいられなくなるって……」
涙を浮かべ声を荒げる瑶太に、花梨は戸惑う。
「だって、お姉ちゃんのせいで色々おかしくなっちゃって、だから……。ごめんね、瑶太。そんなに泣くほどのことじゃないでしょう。もうしないから」
「もう遅いんだよ……。俺達はもう一緒にいられなくなった」
「えっ……なんで?」
「君が鬼龍院の花嫁に手を出したからだ。君を一族の者として迎え入れることはできなくなった」
そう告げられると、花梨はキッと柚子を睨む。
「またお姉ちゃんのせいなの!?」
「違う……そうじゃない……」
全てを柚子のせいにする花梨は、きっとこれから先も柚子のせいだと言って生きていくのだろう。
「別れの時間は必要じゃろうて。残りの時間を大事にせよ」
それだけを言って撫子は去っていった。
そして柚子も、玲夜に背を押されその場を後にした。
それが、姉妹の別れでもあった。