玲夜の父親と共にどんどん中に進んでいくと、「当主様」「ご当主」と言って玲夜の父親に話し掛けようとする人達に、あっという間に囲まれた。


 後ずさりしそうになる柚子と違い、玲夜の父親はさすが慣れているのか、ニコニコと対応している。

 玲夜の父親に話し掛けた人達が、その隣にいる見たことのない娘に気付き、興味を示すのは当然の成り行きだった。


「あら、こちらの方は?」

「未来の僕の娘だよ」


 そう玲夜の父親が紹介すると、驚く人が半分。玲夜に花嫁が見つかったことを知っていて納得する人が半分だった。


「まあ、この方が噂の花嫁様ですのね」

「若様に花嫁が見つかったのですか!?」


 じろじろと全身を舐めるように観察され、話題の中心になった柚子は、顔が引き攣りそうになるのを堪えてにっこりと笑みを見せた。


 なにゆえ玲夜から離されたのかは、一通り話題の中心となり、解放されて玲夜のところに戻れてから玲夜に教えられた。


「鬼龍院が花嫁を認めていると周囲に教えるためにも、当主である父さんから紹介される方が、柚子の価値を上げ、守ることに繋がる」

「そういうこと……」

「疲れたか?」

「だ、大丈夫……」


 さすがに美形に耐性が出来た柚子でも、たくさんの見目麗しいあやかしに囲まれたら怖い。
 けれど、玲夜の花嫁として認められるためというなら我慢するしかない。

 しかし、お前は相応しくないなどと言ったことを直接的ではなくても、匂わせるぐらいは言われるかと警戒したのだが、そういうこともなく少し呆気にとられた。

 これが人間の集まりだったならそう言われていたかもしれないが、ここにいるのほとんどがあやかし。
 あやかしの本能が選ぶ花嫁に対して、理解のあるあやかし達の中で、そんなことをいう者はいないのだろう。

 むしろ、おめでたい空気が漂っていた。


 ふと、視線を感じて周囲に視線を走らせると、こちらを睨むような眼差しを向ける花梨を見つけた。


「花梨……」


 柚子の、止まった視線の先を玲夜も見る。


「狐月家はあやかしの中では上位の家だからな。花嫁を伴って参加していてもおかしくない」


 一瞬、瑶太と花梨に向けていた眼差しが鋭くなったが、玲夜はすぐに存在を忘れたように柚子に柔らかな表情を向けた。


「何か食べるか?」

「うん!」


 もう、花梨とは関係ない。
 妹であって妹でなくなったのだ。
 二人のゆく道が重なることはない。

 柚子は花梨に背を向け、その存在を意識の向こうへ投げ捨てた。
 

 料理がたくさん並べられたテーブルで、ビュッフェのように気になった料理を皿に載せていく。

 この酒宴は立食形式のようではあるが、長居する者も多く、ちゃんと座れるようにテーブルと椅子も用意されていた。

 そこに料理を載せた皿を置き、椅子に座る。
 飲み物を持って回っている給仕の者に飲み物をもらい、喉を潤し、玲夜と話をしながらゆっくりと食事をしていると、玲夜の父親が会場に入ってきた時のようなざわめきが起きた。


「何?」

「ああ、狐の当主が来たんだろう」


 人々の視線の先を見ると、白銀の髪が輝く人形のように整った美人が人垣の間から見ることができた。


「うわぁ、綺麗な人」


 桜子にも負けない美しさ。
 桜子は白百合が似合う淑やかな美しさだが、妖狐の当主は牡丹が似合う華やかな美しさがある。


「狐雪撫子。九尾の狐で、父さんより年上だ」

「えっ、そんなに年上なの。いや、玲夜のお父さんも十分若く見えるけど」


 とても玲夜のような成人を超えた子供がいるようには見えない。
 そんな玲夜の両親よりも年上とは……。
 あやかしだからだろうか。


 たくさんの人に囲まれた撫子は、何故か一直線に柚子達のいるテーブルへ向かってくる。


「なんかこっち来てる?」

「そうだな」


 嫌そうな顔をする玲夜をよそに、ずんずんと向かってくる撫子は柚子達の前に立った。

 柚子を見て、唇に弧を描き微笑むその顔は何とも言えぬ色気をまとっており、女の柚子ですら思わず頬を染めた。

 そんな柚子を見て撫子は一層笑みを深める。


「ほほほっ。可愛らしい花嫁じゃのう、若よ」

「他人に言われずとも分かりきったことだ」


 恥ずかしげもなくきっぱりと断言する玲夜に、むしろ柚子の方が恥ずかしい。


「メロメロじゃのう」


 撫子は何が楽しいのか、コロコロと笑う。
 一通り笑い終わると、柚子に視線を向けた。


「撫子じゃ」


 挨拶をされ、柚子は慌てて立ち上がった。


「柚子です!よろしくお願いします」

「そちには、我が一族の者が無礼をした。許してたもれ」

「無礼?」


 きょとんとする柚子に玲夜が補足した。


「先日柚子のところに突撃した虫のことだ。付けていた護衛をあの狐が手を回していたせいで、あんなことになった」

「あっ、いえ、たいしたことはなかったので、気にしないで下さい」


 子鬼達が守ってくれたので、大事には至らなかった。
 そもそも、悪いのは瑶太であり、一族の当主である撫子に何かされたわけではないのに、怒りをぶつける気にはならない。


「そちは優しい子じゃの」


 にこにこと笑う撫子に何故か頭を撫でられる。


「あれの花嫁もこれぐらいの器の大きさがあれば良かったのじゃが」


 撫子が視線を向けた先には瑶太と花梨が。


「まあ、よい。若の花嫁を一目見られて良かったよ。ではな」


 そう言って、ぞろぞろと人を連れて去っていった。


「き、緊張した……」

「まあ、彼女はあやかしの中では父さんの次に発言力のある人だからな」

「えっ、そんなすごい人だったの!?」

「柚子は気に入られたようだな」

「そうなの?」


 頭を撫でられただけのような気がするが、玲夜がそう言うのだからそうなのだろうと柚子は納得する。