玲夜の父親ということは、鬼龍院の当主であり、あやかし達を取りまとめるあやかし会のトップ。

 そのはずなのに、玲夜の父親からはそんな背景は見受けられない。
 むしろ玲夜の方があやかしのボスっぽい。


「や、優しそうなご両親ですね……」


 あまりの衝撃に、それだけを口にした。
 他に言葉が出て来なかったとも言う。
 困惑する柚子に構わず、褒められたと取った玲夜の両親は素直に喜んだ。


「あらぁ、優しいですって」

「あはは、そう言ってくれて嬉しいなぁ。第一印象を良く見せるのには大成功したってことだよね」


 始終ニコニコしている両親は、鬼であるはずなのにどこか人間臭い。

 これまで会ったあやかしは、見た目も美しく、どこか近寄りがたい印象があった。
 玲夜の両親は見た目は確かに玲夜に負けず劣らずの容姿を持っていたが、良い意味で気安い雰囲気があった。


「ほら、緊張も吹っ飛んだだろう」


 それは部屋に入る前に玲夜が言っていた言葉だ。


「確かに吹っ飛んだ」


 玲夜はこうなることを予想していたのだろう。
 今の柚子は緊張も解けて、ほどよく体の力も抜けてた。


 柚子はまだちゃんと挨拶をしていなかったのを思い出して、玲夜の腕の中から出る。


「あの……柚子と言います。玲夜さんにはたくさんお世話になっています。お二人に会えて嬉しいです。よろしくお願いします!」


 そう言って、深々と頭を下げた。

 頭を上げると、二人は微笑ましいものを見るような優しい眼差しで笑っていた。


「こちらこそ、よろしく」

「よろしくね、柚子ちゃん」


 どうやら嫌悪感は抱かれていない様子だったので、柚子もほっと安堵した。


「立ち話もなんだから、座って話しましょう」

「柚子ちゃんを連れてくるって聞いて、張り切ってお菓子を用意したんだよぉ。ショートケーキにマカロンにプリンにタルト。大福にきなこ餅に羊羹……。柚子ちゃんは何が好きかなぁ?」

「柚子ちゃんは、洋菓子派?和菓子派?」

「お、お構いなく」


 テーブルの上には所狭しとスイーツが並べられていた。

 そこで、ようやく柚子は気付いた。
 自分が何も手土産を用意していなかったことに。


「あっ……」


 どうしようと視線を彷徨わせていると、柚子の異変に気付いた玲夜が顔を覗き込む。


「どうした?」

「ご両親に会うのに、手土産持ってくるの忘れちゃった。どうしよう……」


 玲夜の耳元で声を潜めて話したつもりだったが、玲夜の両親にも聞こえたらしい。
 人間とは違うから耳が良いのかもしれない。


「あらあら、そんなこと気にしなくて良いのよ」

「そうそう、ここにはたくさんあるんだから、これを一緒に食べれば良いよ~」

「すみません」


 恐縮する柚子に対して、玲夜は柚子の頭を優しく撫で……。


「気にする必要はない」


 そう優しく微笑んでくれ、柚子は気持ちが軽くなったのだが、ふと玲夜の両親を見ると、二人共驚いたように目を大きくしていた。


「あの、何か……?」


 手も止まった二人に、自分が何かしたのだろうかと不安になった柚子が問い掛けると、二人は我に返ったようだ。


「ああ、柚子ちゃんは悪くないのよ。ただ、ちょっと驚いただけだから」

「玲夜君もそんな優しい顔が出来たんだねぇ」


 二人が気になったのは柚子ではなく、玲夜の方だったようだ。

 柚子にとっては見慣れた玲夜の笑顔だったが、両親である二人には驚きのあまり固まってしまうほどのことだったのだ。

 椅子に座った柚子に、玲夜の母親の尋問が始まった。


「玲夜君は優しくしてくれてる?」

「はい」

「玲夜君は柚ちゃんの前ではよく笑うの?」

「そうですね、よく笑ってると思います」

「玲夜君と一緒に暮らしてて不自由はしていない?」

「はい」

「玲夜君は……」

「母さん」


 あまりの質問攻めに玲夜が嗜めるように声を出す。


「だってぇ。気になるんだもん。ねえ、千夜君?」

「そうだよー。だって寄ってくる女の子達皆冷たくあしらってて、高道君とデキてるなんて噂が出るぐらいだからさぁ。ちゃんと女の子の扱いを心得てるのか心配になるのは仕方ないよねぇ」

「……その噂、父さんのところにまで届いてたのか……」


 知らぬは本人ばかりなり。


「大丈夫、大丈夫。今日の酒宴で玲夜君が柚子ちゃんと仲良くしてたらそんな噂も吹っ飛ぶよ。まだ噂があるのはごく一部にだけだし」

「そう願いますよ」


 玲夜としても、いつまでも高道と噂になるのは我慢ならないのか。
 外野が何を言っていようと気にする玲夜ではないが、その噂によって、また柚子が傷付くことが心配なのだろう。

 当の柚子は、同じようなことを言われたとしても、今度は笑い飛ばせる自信があるので、どっちでも良かったりする。

 そう思えるようになったのは、これまでにはなかった玲夜への信頼が育った証だ。