「入ろう」

「う、うん。玲夜のご両親も来てるんだよね?」

「ああ」


 緊張が最高潮に達しようとしている。
 顔が強張る柚子を見て、玲夜は小さく笑うと頭をぽんぽんと撫でた。


「大丈夫だ。柚子が思っているような怖いことにはならない。むしろ問題なのは……」

「なのは?」

「……いや、何でもない」

「そこまで言ったなら言ってよ。すごく不安になるから!」

「俺の側を離れるな。そうすれば何も心配はいらない」

「分かった」


 それなら頼まれても絶対に離れないぞというように、玲夜の腕にぎゅっとしがみ付いた。

 そのまま洋館の中に入っていくと、すぐに天井を飾る大きなシャンデリアと、二階へ続く豪華な階段が目に入った。

 まるで高級ホテルのロビーのような玄関に、柚子は圧倒される。


「ほわぁ、すごい綺麗」


 広い上に、そこかしこに置かれる調度品もこの洋館のレトロさと高級さを感じる雰囲気にすごく馴染んでいる。
 
 玲夜の屋敷のような日本的な建物も良いが、こういう貴族が住んでいそうなレトロな洋館にも憧れを感じる。

 建物を見ただけで飲まれそうになる自分と違い、玲夜は我が物顔で堂々と階段を登っていく玲夜に尊敬の眼差しを向けつつ、一緒について行く。


 三階まで登ってきたが、これまで誰とも会うことがなかったのだが、本当にここで酒宴が行われているのか疑問を抱いた。
 人の気配が全くないのだ。

 けれど、そう思う柚子と違い、玲夜はここではないどこか遠くに視線を向けながら「騒がしいな」などと言っている。


「全然声なんかしないよ?たくさんあやかしが来てるって言ってたけど、本当にこの建物にいるの?」

「人間には分からないだろうな。一階の奥の大広間で行われてる。そちらでは大分盛り上がっているようだ」

「そっちに行かなくて良いの?」

「後でな。まずは両親に会わせる。二人は控えの部屋にいるようだから」


 三階の廊下を進み、一番奥の部屋の前で玲夜は足を止めた。


「ここに、玲夜の両親がいるの?」

「ああ」


 自然と背筋が伸びた。
 心の中では最初になんと話し掛けようか。どんな挨拶の言葉をすればいいだろうかと、頭の中で色んな言葉がぐるぐる回る。


 ドアノブに手を掛けた玲夜を見て、柚子はギュッと玲夜の手を握る。


「そんなに緊張しなくていい。すぐにそんなこと吹っ飛ぶだろうからな」

「それどういう意味?」


 柚子の問い掛けに答えることなく、扉を開き中に入る。
 二人の男女の姿が見えて、玲夜の両親と判断した柚子はすぐに頭を下げた。


「は、はじめまして!私は……」

「きゃあぁぁ!!」


 挨拶をしようとした柚子の言葉は、直後に聞こえた悲鳴によって遮られた。


「えっ?」


 突然の悲鳴に目を丸くする柚子に、部屋にいた女性が突撃してきた。


「あなたが柚子ちゃんね!」


 がしっと女性とは思えない強い力で抱き締められ柚子は戸惑うしかない。


「えっ、あの……ちょっと……」

「やーん、もうずっと会いたいと思ってたのよぉ!」


 柚子の困惑を気にも止めず抱き付く女性に、柚子もどうして良いのか分からずにいると、男性も近くに寄ってきた。

 この状況から救ってくれるのかと思いきや……。


「沙良、僕も僕も。次は僕も柚子ちゃん抱っこしたいよ~!」


 男性までもが、まるで赤ちゃんを抱っこさせて、ぐらいのノリで距離を詰めてくると、ようやく玲夜から救いの手が差し伸べられた。

 柚子と女性を優しく引き剥がすと、取られまいとするように柚子を腕の中に納めた。


「父さん、母さん、柚子が驚いてます」


 玲夜がそう言ったことで、この目の前の二人が玲夜の両親であることが間違いないと分かった。

 分かったが……。
 何だか柚子が想像していた両親像と違う。


「えー、もうちょっといいじゃない」

「僕はまだ抱っこしてないのにぃ」


 厳格な人を想像して、挨拶の言葉も考えていたのに、最初の邂逅からして想定外だ。

 しかも、物静かで、その場にいるだけで覇気が漂う玲夜と違い、玲夜の両親は何というかとても軽い。
 見た目も柔和で、言葉遣いも雰囲気もきゃぴきゃぴしている。

 本当に玲夜の両親かと疑うレベルで似ていない。


「あの、玲夜。この方達は玲夜のご両親……であってる?」

「残念ながら血が繋がった本当の両親だ」

「玲夜君の父親の千夜でーす」

「母親の沙良でーすぅ」


 か、軽い……。
 ニッコニコとする玲夜の両親を目にすれば、想像していた両親像がガラガラと崩れていった。