桜河は、未だ静かに厳しい表情をしながらも黙っている玲夜と、高道に視線を向けた後、頭を掻いた。
「いや、それが玲夜様ってどんな美女から声を掛けられても見向きもしないじゃないですかー。そのせいで、前々から同性愛者疑惑はあったんですよ。でも男性にも厳しいのは変わらなくて。けど、高道にだけは一緒にいることを許したり、接し方が優しかったりするから、高道がその相手じゃないかと。特に年頃の女の子の間で噂になってたようで」
「そんなことになっていたのですか!?」
「実際は希望と願望を大いに含んだ妄想みたいなものだったらしい。ほら、玲夜様も高道も顔が良いし。けど、一部はそれを本気にしてたらしくって。……まあ、その内の一人が我が妹というのが悲しい話なんだけど」
「本気も何も事実なのです!私は分かっていますわ。ですから私はお二人の仲を見守ろうと決意したのです!」
「私と玲夜様の間にあるのは主従愛だけです!」
「けれど、高道様は仰っていたではありませんか。花嫁様は玲夜様に不釣り合いだと、そうお怒りになっていたでしょう!」
「それはそれ、これはこれです。いかに敬愛する玲夜様を独り占めされて憎々しく思おうとも、それを表に出す無能な秘書ではありません!柚子様が花嫁である以上、立派にお仕えしてみせます!」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人を見ていた玲夜が、ようやく言葉を発した。
「高道と桜子はあんな性格だったか?」
ちょっと困惑すら抱いていそうな玲夜に、桜河がツッコむ。
「いや、玲夜様が人に無関心すぎるだけで、この二人は昔からこんな感じですよ」
「……そうか。桜子はもっと大人しい女だと思っていたんだが」
柚子も、口には出さないが、普段柔和な笑みで影のように寄り添う高道のギャップに驚いていたりする。
けれど、昔から知っている玲夜が驚いているというのは、けっこう問題ではないのか。
他人に無関心だったと聞いてはいたが、高道に対してもそうだとは。
今回の事件はそんな玲夜の無関心さがそもそもの原因のような気がする。
「桜子の通うかくりよ学園では一部で噂になってるらしいから、それを妹ちゃんが聞いたんだと思う。本当に申し訳なかった」
「いえ、誤解も解けたし気にしないで下さい」
「いや、桜子がやった事は問題だ。しかも、あいつこんな物まで持ってやがった」
柚子と玲夜の前に薄い本を何冊か置いた。
「ああ!お兄様、それは私のコレクション!」
声を上げる桜子を無視して、玲夜がそれを手に取り中を見る。
すると、眉間に皺を寄せブルブルと手を震わせる玲夜を不思議に思って、横から中を確認すると、柚子は固まった。
それは玲夜と高道という人物が絡み合う、子供には見せられない過激な漫画。
「因みに、それはかくりよ学園の漫画同好会に描かせたらしく、ほんの一部です」
玲夜は無言でべしっと畳に叩き付けると、すぐさま青い炎で全て燃やし尽くした。
「きゃあぁぁ、私のコレクションがっ!」
「こんな物まで……。何を考えているのですか、桜子!」
悲鳴を上げる桜子を高道が叱責するが、桜子の意識は燃えかすとなった本のなれの果てに向かっている。
少し考え込んだ後、玲夜は口を開いた。
「高道、桜子」
静かな声だったが、二人はぴたりと声を止めた。
「桜子、お前がなんと思おうと、俺が愛するのは柚子只一人だ」
「でも、高道様は……」
「何度も言っているでしょう。私が玲夜様にあるのは敬愛です。確かに柚子様を非難する言葉を桜子の前でして、勘違いされる様なことをしてしまった咎は私にもあります。けれど、私の想いを穢すまねは桜子といえども許しませんよ」
「高道の言う通りだ。俺の唯一は高道ではない。柚子だ。それを勘違いし、柚子の心を傷付けたお前には怒りしかない」
玲夜の声はとても静かだった。
決して声を荒げなかったが、だからこそひやりとした恐さを感じた。
ここまで言って、やっと桜子は自信の勘違いに気付き始めたよう。
「本当に高道様とは何もないのですか?」
「くどい」
「……そう。そうなのですね」
悲しそうに目を伏せる桜子。
やっと理解したかと、玲夜以外からほっとした空気が流れる。
「二度目はない」
「……はい」
桜子は柚子に向き直ると、その場で頭を下げた。
「花嫁様、この度は私の勘違いにより悲しませるようなことを言ってしまい申し訳ございませんでした」
「あっ、いえ」
急に謝られても、柚子もなんと返事をしていいのか困った。
ただ……。
「勘違いが解消されてお互い良かったということにしましょう」
「まあ、花嫁様。なんてお優しい」
許す選択をした柚子に、桜子は感動したようだ。
けれど、許すことにしたのは柚子だけ。
「桜子にはこんな問題を起こした罰として、残りのコレクションを高道に全て渡すように。高道、一つ残らず焼き払え」
「かしこまりました、玲夜様」
「そんなっ!」
桜子はこの世の終わりのような顔をした。
「漫画同好会のも忘れるな」
「一つ残らずこの世から抹消し、二度とこのような物を作り出さないように、しっかりと圧力をかけておきます」
人ごとでない高道の気合いは相当のものだった。
「あんまりですわ」
涙を浮かべてコレクションを死守しようとした桜子だったが、玲夜にも高道にも聞き入れられることはなかった。
桜子にとっては最大級のお灸となったようだ。