お互い特に何かを話すわけでもなく、そっと寄り添っていたが、無言でも気まずさは一切ない。
それどころか、時々思い出したように柚子にキスを仕掛けてくる玲夜からは、甘い空気が溢れ出ていて……。
先程の宣言通り、柚子と両思いになったことで、玲夜の溺愛のたがが外れたかのようだ。
柚子の髪をいじり、頬に触れ、目が合えば優しい笑みで唇を寄せる。
これまでは、柚子の気持ちを考えて、一線を置いてくれていたのだと思い知らされる。
嬉しいような、恥ずかしいようないたたまれなさを感じるが、その場から逃げようという気持ちは起きなかった。
しばらく二人の時間を過ごしていると、部屋の外から高道の声が聞こえてきた。
「玲夜様、桜河と桜子が参りました」
桜子と聞いて、柚子はびくりと体が反応する。
「大丈夫だ」
柚子を安心させるように背を撫でる。
そして、柚子を抱き上げ部屋を出た。
向かったのは、十畳ほどの和室の部屋で、この屋敷の中では比較的狭い部屋だ。
当然のように上座に座った玲夜の隣に座った柚子。その正面に座るのは男性と女性。
女性は桜子であり、男性の方は一度会ったことのある桜河だと思い出した。
玲夜の会社の副社長でもある桜河と、桜子の組み合わせが分からなかった柚子は不思議に思ったが、次の桜河の言葉に柚子は納得する。
「この度は、妹の桜子が失礼を致しました!」
見事な土下座を披露する桜河に、二人は兄妹だったのかと初めて知った柚子。
「お兄様、私は失礼なことなど致しておりません」
眉を下げる桜子は庇護欲を誘う儚げさを出しており、見る人が見れば桜子は悪くないと庇ってしまいそう。
しかし、桜河はそんな桜子の頭をわしづかむと、強制的に頭を下げさせた。
「こんのドアホ!お前はいつから自殺志願者になったんだ。花嫁様に余計な事を言って、玲夜様に消されたいのかっ!」
べしっと兄の手を振り払った桜子は憤慨する。
「まあ、何をおっしゃるの。余計な事など言っておりませんわ。私は花嫁様のためにも、いらぬ期待を持つのは悲しむだけだとお教えしただけですのに」
「それが余計だと言うんだ!」
「お兄様は高道様の友人ですのに、友に恋敵が出来て何故黙っておりますの!?主人たる玲夜様にとっても忠誠心が足りませんわ。お二人の仲を花嫁様にお教えして、わきまえた行動をしていただかなければ。お二人の仲が悪くなられたらどうなさるおつもり?」
「そこからが、大間違いだと言うんだぁぁぁ!」
桜河の絶叫が部屋に響き渡る。
玲夜の横に控え座っていた高道は、目を瞑ってこめかみを押さえた。
「桜子。何を勘違いしているのか分かりませんが、玲夜様と私は恋仲などではありませんよ」
「良いのですよ、高道様。私はちゃんと分かっております、隠さずとも私は男性同士の恋愛に偏見はございません。確かにお立場的に言い出しづらいとは思いますが、愛に身分も性別も関係ございませんわ」
私は分かっていますわという顔をされ、高道も困惑顔だ。
「……桜河」
高道が桜河に助けを求めると、桜河は拳を握り上に掲げると、そのまま桜子の頭に振り下ろした。
「きゃっ。痛いです、お兄様。何をなさるの?」
痛みのあまり涙を浮かべる桜子に桜河はさらに顔面をわしづかみ、アイアンクローを決める。
「もう、ほんと頼むからこれ以上口を閉じてくれ。お兄様は恥ずかしくて恥ずかしくて……」
桜河は空いているもう片方の手で自分の顔面を覆った。
「よく出来た妹だと思ってたのに、こんなに腐っていたとは……。お兄様は嘆かわしいぞ」
成り行きを見守っていた柚子が初めて声を出す。
「桜子さんはどうして二人が恋人同士だとそこまで断言されているんですか?」
その問いに同意を示したのは高道。
「全くです。私と玲夜様がそんな仲に疑われるなど。私の忠誠心を歪まされたようで不快ではありませんか。玲夜様に対しても不敬です。いつからそんな目で見られていたのか……」
まさか、玲夜との仲をそんなふうに思われていたとは思わなかったらしい。
それについては、桜河も思うところがあるらしく、苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「そのことは一概に桜子だけを責められないっていうかぁ。原因は玲夜様と高道にもあったりするんですよ」
「どこかです?」