嫌だ。
 嫌だ。
 嫌だ。


 柚子の心を占めるのはそんな気持ち。

 玲夜は自分を花嫁と言った。愛してくれると。
 傷付いていた柚子の心に、その言葉がどれだけの救いとなったか。

 戸惑いもあった。
 本当に自分で良いのかと。

 けれど今はそんな躊躇いなど全て吹っ飛んでいた。

 ただ思うのは玲夜を取られたくないという感情。
 これが恋愛感情なのか、独占欲なのか恋愛を知らない柚子は分からない。
 けれど、それでも良いと思った。


 『理屈じゃないのよ、人を好きになるって』


 そう言った透子の言葉が頭をよぎる。

 その通りだ。
 何だかんだと理屈をごねて、最後の一線を守ろうとしていたが、二人がキスをするのを見て全てどうでもよくなった。

 それよりも玲夜が自分以外を選ぶ事の方が嫌だった。

 柚子は危機感を目の前にして、やっと最後の一歩を踏み出す。


「柚子……」


 駆けてくる柚子に気付き高道と離れる玲夜。

 柚子はそんな玲夜に飛び付き、玲夜の唇に自身の唇を押し付けた。

 キスと言うには色気も何もないその行為。

 唇を離して玲夜を見ると、驚いた顔をしていた。
 それはそうだろう。
 これまで頬にすることはあっても、決して唇にはしなかった柚子が急にこんなことをしたのだから。

 けれど、柚子は驚いている玲夜に構わずしがみ付く。
 離れていかないでと言うように。


「玲夜が好き!」


 叫ぶような告白をすると、玲夜は大きく目を見開いた。


 もう逃げることはしない。
 自己評価の低さが変わったわけでもないが、逃げることで大事なものを手から溢したくはない。


「柚子どうしたんだ急に……」

「玲夜が好きなの。だから……だから、高道さんじゃなくて、私を好きになって!」


 自分を見て!と、柚子が心から懇願する。

 すると、玲夜は困惑した表情に。


「高道?どうしてそこで高道が出てくる?」

「だって、玲夜と高道さんは付き合ってるんでしょう!?」

「……どうしてそう思った?誰かに何か言われたのか?」


 否定しなかったことで、柚子は桜子の言葉が真実なのだと確信し、涙が浮かんだ。


「桜子さんが……。それに花梨も、学校で色んな人が知ってることだって……」


 チッと舌打ちした玲夜は怖い顔をして、柚子を抱き上げた。


「えっ、玲夜?」


 慌てる柚子には構わず、高道を呼ぶ。


「すぐに桜河と桜子を呼べ!」

「かしこまりました」


 柚子を抱き上げたまま、ずんずんと屋敷の中に歩いて行く玲夜。

 その後ろでは、高道が電話に向かって「いいから今すぐ桜子を連れて来なさい!」と、叫んでいるのが聞こえた。

 その姿は玄関の戸が閉められた事で見えなくなった。

 玲夜は未だ柚子を下ろすことなく屋敷の中に入っていこうとしたが、柚子があることに気付いて玲夜を止める。


「玲夜、靴、靴脱がないと!」


 すると出迎えるために控えていた雪乃が素早く柚子の靴を脱がした。

 そしてそのまま連行されるように玲夜の部屋へと連れてこられた柚子は、ようやくソファーに下ろされほっとした。

 しかし、それもつかの間。
 玲夜の顔が近付いてきて、柚子の唇を塞ぐ。

 驚いた柚子は目を見開いて、固まった。

 玲夜は以前柚子の言葉に怒った勢いでキスをしてきた時以来、玲夜からキスをしてくることはなかった。
 柚子の気持ちが追いついてくるのを待っていたのだろう。

 それなのに、今は何の躊躇いもなく柚子に口付ける。
 抵抗も忘れた柚子に対してキスは段々と深くなり、柚子は酔わされた。

 ようやく離れた時には、顔を真っ赤にして息を乱していた。

 玲夜は両手で柚子の頬を包む。
 唇は離れたが、玲夜の顔はすぐ近く。
 目をそらそうにもそらせられない。赤い目が柚子を見つめる。