「花梨が……花梨が願ったんです……俺に。俺はそれを拒否することが出来なかった。分かってはいたんです。良くないことだと。鬼と諍いを起こすかもと。それでも俺は花梨の願いを叶えたくて……」
以前の玲夜だったら何を馬鹿なと一蹴していただろう。
けれど、柚子という花嫁を得た今の玲夜には、その想いを馬鹿には出来なかった。
でもそれは、柚子に関わりがなかったらの話だ。
柚子が関わる以上見過ごすわけにはいかない。
すると、その瑶太の訴えを聞いた撫子は憐れんだ眼差しを瑶太に、そして一瞬だけ玲夜に向けた。
「ほんに、花嫁を得たあやかしというものは難儀なものよのう。花嫁という存在は時にあやかしを惑わせる。冷静な者ですら愚か者に成り下げる。妾から見ればまるで花嫁とは呪いのようじゃ。そうは思わんか?」
花嫁のことで一喜一憂する様は、他のあやかしから見たら呪いのように見えてしまうのかもしれない。
けれど、玲夜はそれでも構わない。
「この感情が呪いというなら、甘んじて受け入れよう。何も執着することがなく、ずっと感じていた空虚な穴を埋めてくれた柚子という存在に救われたのもまた事実だ。そのためなら愚かな男にも成り下がろう」
玲夜にとって呪いは喜びでもあった。
柚子という存在を与えてくれた。
撫子は扇子で口元を隠し、ほほほっと笑う。
「呪いを喜びと受け入れるか。さすがは若だのう。呪いすら享受する若の器の大きさも見習うべきじゃのう」
撫子は瑶太に視線を向ける。瑶太に言って聞かせるように。
俯くことしか出来ない瑶太は無言で時が過ぎるのを待つ。
次の瞬間、玲夜からピリリとした空気が流れる。
「呪いは呪いと受け入れる。だが、理性を捨てたわけではない。この男がしたことは、その理性を捨てる行為だ。妖狐の一族が次期当主である俺の花嫁に不利益を与えようとした。わざわざ護衛を騙してまで。それは鬼に対する叛意でもある」
びくり瑶太が体を震わせる。
こうなることは分かっていただろうに。
それでも止められないあやかしの本能を呪いと言われても仕方がない。
「そうじゃのう、さすがに今回のことは妾からも謝罪しよう」
当主直々に頭を下げる。
「謝罪は受け入れるが、それだけですますおつもりか?」
今回は鬼と妖狐の全面戦争になってもおかしくない出来事だ。
玲夜が堪えたから大事にはならなかったが。
まだこの話は内々のことだし、大事にするつもりはないが、玲夜としては二度も柚子に手を出そうとして、謝罪だけですますつもりはない。
すでに、一度警告しているのだから。
「そうじゃのう。確かにこれだけで若の気は収まらんじゃろ。だから、瑶太、お前と花嫁、そしてその両親には罰を与える」
そこで、ようやく瑶太が顔を上げた。
「現在花嫁の家に行っている援助は停止。そして花嫁はあの両親から離し、狐月の家で面倒を見ること。面倒を見るとはつまりは監視しろということだ。そちの花嫁が若の花嫁と接触しないように。次にそちの花嫁が若の花嫁に対して危害を与えた場合、花嫁は両親の元へ返し、今後二度と接触すること叶わぬ」
「そんな……」
二度と接触するなということは、花梨を花嫁として伴侶に出来なくなるということだ。
花嫁を持つあやかしにとってこれ以上ない罰と言えよう。
そして、瑶太の援助により借金を返し、何不自由なく暮らしていた花梨の家族にとっても援助がなくなるのは大打撃だ。
「それだけではないぞえ。援助がなくなることで、若の花嫁にすり寄ろうとするかもしれぬ。両親は遠い地へ送れ。鬼龍院の機嫌を害したためにそち達を守るためだとでも言えば良かろうて。その後に援助を切れば問題なかろう」
実際に柚子に会ったことで玲夜の機嫌を害したのだから嘘ではない。
「若はその間に花嫁の祖父母殿を引っ越しなされるが良かろう。万が一にも接触しないようにのう」
「そのつもりだ」
そのつもりで、玲夜はすでに高道に手配させていた。
遠いところにいるから問題なのだ。
祖父母共々目の届くところに置いておけば、今回のようなことは起こらなかった。
「花梨の両親のことは了承しました。けれど花梨のことは……」
「不満かえ?」
「っ……」
不満とは言わなかったが、瑶太のその表情を見れば不満であることがよく分かる。
「なれば、そちがよくよく監視し、言い含めておけば良い。花梨という娘が花嫁でいられるかはそち達自身の行動次第。それがそち達への罰だ。決して妾は一度口にした言葉は曲げることはない。今度問題を起こせばそちが何を言おうと花嫁としては認めぬ」
当主である撫子に認められなければ、たとえ花嫁と言えども伴侶にすることは叶わないだろう。
「若よ、これでいかがか?」
少し考えて、ここらが落としどころかと玲夜は判断した。
本当ならこの程度の罰は甘いと言いたいところだ。
柚子の受けた心の傷はこんなものですまないと、瑶太の胸倉を掴んで半殺しにしたい。
しかし、それをすれば妖狐一族との関係が悪化するのは目に見えている。
撫子の顔を立てるためにも、これですますほかない。
「分かった。二度とあの小娘を柚子に近づけるな」
「はい……」
瑶太は力なく頭を下げた。
これで話は終わりだと立ち上がろうとした時。
「そうそう。若を骨抜きにした花嫁が見とうなった。酒宴の最終日には連れてくるといいえ」
「元々父親に会わせるために連れてくるつもりだ」
「そうか、それは良かった。酒宴の最終日は瑶太も毎年花嫁を連れてくのでのう」
玲夜はぎろりと撫子を睨み付けたが、玲夜の冷たい眼差しを受けても撫子はコロコロと笑う。
「何のつもりだ?」
先程柚子に花梨を近付けるなと話していたところだというのに。
「妾は楽しいことが好きなのじゃ」
「そのために自身の一族の者が花嫁を失っても良いと言うか」
「妾とてそこまで意地悪ではないぞえ。ただ、ちゃんと瑶太が花嫁を抑えられるのか、ちょっとした試験だ」
何がちょっとした試験だ。
それで、瑶太は永遠に花嫁を失うかもしれないというのに。
とは言え、瑶太が花嫁を失おうがどうなろうが玲夜には全く興味はない。
柚子さえ傷付けなければ。
「柚子に危害を与えなければどうでもいい。三度目はないぞ」
最後に瑶太を牽制してからその場を後にした。