狐雪撫子。
妖狐を取りまとめる妖狐の当主。
九本の尾を持つ九尾の狐である。
狐月瑶太の狐月家は、狐雪家を主家とした一族の中でも上位にある家。
当然のこと瑶太は当主である撫子とも顔見知りである。
柚子の件を知ってすぐに面会予約を取り付けた玲夜だったが、実際に会うことが叶ったのは翌日のことだった。
「若の方から会いたいと切望されるとは、ほんに嬉しいこと」
波打つ白銀の髪は艶やかに輝いて、光を発しているかのような美しさがあり。
玲夜の父親よりも年上のはずの撫子は玲夜と変わらぬ年齢に見えるほど若々しく、それでいて男を虜にするような妖艶さを持ち合わせた美女。
着ている艶やかな着物がよく似合う。
若い女性のように見えるが、妖狐の当主。
その存在感は玲夜と引けを取らない。
実際、撫子は玲夜の父親、そして玲夜に次ぐ霊力の持ち主なのである。
それ故玲夜も撫子には礼を失する行いをするわけにはいかない相手だった。
玲夜と撫子のいる部屋にはもう一人いた。
下座で俯きじっと息を殺しているのは瑶太だった。
その表情は暗く、憔悴しているように見えるが、玲夜にはどうでもいいことだった。
「嬉しいことではあるが、今回はあまり楽しい話ではないようじゃ」
「この男をここに呼んでいるということは理由は話すまでもないようだ。だが、一応聞いておこう。俺の花嫁に害虫を近付ける手助けをしたのはお前か?」
赤い目が瑶太を捕らえ、低く重い玲夜の問い掛けに、瑶太はびくりと体を震わせる。
瑶太の返答はなく、ぐっと唇を噛み締めていた。
「ほんにすまなかったのう。若の言うように、この愚か者は自らの花嫁に乞われ、そちらの護衛の目を騙くらかしたようじゃ」
どうやら撫子は全てを理解しているようだ。
まあ、当然だろう。
鬼と妖狐の対立を起こしかねないことを自らの一族の者がしでかしたとしたら、詳細を調べるのは当然のこと。
それ故、面会を求める時にも、お互いの花嫁に関して話があるとあらかじめ伝えていたのだ。
撫子は玲夜と同じだけの情報を持っていると考えて良い。
「瑶太、言うことはないのかえ?」
ぐっと手を握り締めた瑶太は、ぽつりぽつりと言葉を発した。
「俺はただ……花梨の願いを叶えたくて……。姉に会いたいが鬼が邪魔をすると言うから……」
「それで、手引きしたというのかえ?鬼の目を騙すほどの術じゃ。お前一人の霊力では無理じゃろうて。家の者も使ったか」
「はい……」
瑶太は力なく頷いた。
「相手はそちの花嫁の姉ではあるが、若の花嫁であることは知っておったはず。さらにそなたの花嫁とその家族に、若の花嫁がどういう扱いを受けていたか知らぬとは言わせぬ」
「それは……」
知らないわけがない。最も近くで見ていた他人なのだから。
ただ、瑶太の関心は花梨にしかなかったから、柚子がどんな扱いをされていようと興味がなかっただけ。
「分かっていながらその家族を若の花嫁に会わせることでどういう事態が起こるか、予想できぬほどそちは愚かだったと言うのかえ?」
「……っ」
玲夜は口を挟みたいのを、撫子の顔を立てて我慢していた。
瑶太にはチャンスを一度与えた。
柚子を怪我させた時、本当は半殺しにしても足りなかったが、撫子の一族の者である以上無用な諍いは起こしたくないと、花嫁を守る本能よりも次期当主としての理性を優先させた。
普通ならばあれだけ脅せば鬼に逆らおうとはしない。
鬼と妖狐の争いなど、この国にとっても避けたいことだと子供でも分かるのだ。
けれど、その普通でないのが、花嫁を前にしたあやかしだということに玲夜はもっと早く気付くべきだった。
きっと今頃柚子は悲しんでいるだろう。
縁を切ったと言えど柚子を産んだ両親。
簡単に割り切れるものではないはず。
柚子が苦しんでいるとしたらそれは玲夜の怠慢でもある。
護衛を置いておけば大丈夫と安心していて、万が一を考えなかった。
柚子の安全を思うなら、徹底的に守るべきだった。
花嫁を持つあやかしの本能を甘く見ていたのだ。
(柚子……)
出来るならば早く柚子の下に駆け付け抱き締めてやりたい。
もう大丈夫だと。なんの心配もいらないのだと。
けれど、それはきちんと後始末をした後だ。
今のままでは柚子に合わせる顔はない。
玲夜は、己を律してその場に留まった。