「お姉ちゃん、かわいそう」


 そう言った花梨に視線を向ける。

 その顔は言葉の通り憐れんでいるようにも見えるが、嘲笑しているようにも見えた。


「ほんとかわいそう。何にも知らないで」

「どういう意味?」

「自分が花嫁になって有頂天になってるんでしょ。愛されてないとも知らないで」

「なにを……」

「知らないみたいだから教えてあげる。鬼龍院の玲夜様って言ったら、いつも一緒にいる秘書の人と恋仲なのよぉ」


 びくりと柚子は怯えた顔をした。
 それを見て花梨は勝ったようにくすりと笑う。


「ああ、何だ知ってたんだ、お姉ちゃん。知ってるくせにおかしいの。まるで玲夜様に愛されてるみたいに強気に出るんだもの。お姉ちゃんが必要とされてるのは花嫁としての価値だけなのに」


 花梨の言葉が刃となって柚子を傷付ける。


「玲夜はそんなことない」


 否定の言葉を発したが、その言葉は少し震えている。


「嘘吐かなくても良いよ。だって玲夜様と秘書の人が恋人同士だってことは、私の学校じゃあたくさんの人が知ってることだもの」


 今度こそ言葉が出なかった。


 昨日桜子から知らされて、きっとでまかせだったんだと落ち着いたのに、まさか同じ話題を花梨から聞くとは思わなかった。


 桜子一人の言葉だったのなら、流すことが出来た。
 けれど、花梨からも聞かされ、さらに花梨の学校の人達までもが知っていること……?

 柚子は混乱した。

 嘘ではないのか……?
 桜子が言っていたのは本当だったのか?
 どれを信じればいいのか分からなくなった。


「鬼龍院家はお姉ちゃんが花嫁だから手元に置いておきたいだけ。だからさ、帰っておいでよ」


 優しい声で気味が悪い笑みを浮かべた花梨に続いて両親が喚く。


「そうよ、柚子。他人なんかより身内の方が信用できるわ」
 
「そうだぞ。帰ってこい。お前がしたことは怒っていないから」


 父親の手が柚子に伸びる。
 その手を……柚子は振り払った。


「嫌!」

「柚子!!」


 玲夜と高道のことが真実かは今は判断できない。
 けれど、あの家にだけは帰りたくない。
 それだけは今はっきりしていることだ。


「玲夜からどう思われているかなんて分からない。けど、お父さん達の家に帰るなんて絶対に嫌!例え玲夜の事が本当だとしても、それなら私はお祖父ちゃんとお祖母ちゃんのいるこの家にいる!」

「柚子!」

「我が儘を言うんじゃない!」


 きっと両親と柚子の意見が重なり合うことは一生ないのだろうと思った。

 柚子の手首を父親が痛いほどに掴んだ。


「止めなさい!」


 祖母がすぐに飛んできて手を離させようとするが、父親の力は強くままならない。


「お袋は構わないでくれ、これは親と子の問題だ!」


 興奮した父親が力に任せ自身の母親である祖母を突き飛ばす。
 思った以上に力が入ったのか、祖母が後ろに飛ばされ尻餅をついた。


「っ、お祖母ちゃん!」


 柚子は心配そうに祖母を見ていたが、祖父が駆け付け様子を見る。

 どうやら大丈夫そう。
 やり過ぎたと思ったのか、ばつが悪そうにしていた父親を柚子はギッと睨み付ける。


「なんだ、親に対してその目は」

「こんな暴力男、親と思ったりしない!」

「なんだと!?良いから帰るぞ!」

「嫌!」


 ずるずると引っ張られる柚子は抵抗を試みたが、男の力には勝てない。

 悔しくて涙が浮かんだが、その時。


「やー」


 子鬼達がぴょんと跳んできて、父親の顔面に張り付きポカポカと叩く。


「な、なんだ!?」


 子鬼達に気を取られ柚子を掴んでいた手が緩んだ隙に、父親から距離を取り祖父母のところへ逃げる。


 その間も子鬼達は父親を攻撃していたが、父親に手で払われる。 

 しかし、子鬼はクルクルと回りながら綺麗に着地。
 そして、某漫画の主人公の必殺技のように合わせた手のひらを父親に向けると、青い炎がレーザー光線のように父親へ放たれた。

 子鬼の攻撃が当たった父親は、文字通り吹っ飛び。玄関の戸を突き破って外の道まで放り出された。


 柚子と祖父母はその光景にぎょっとする。


「こ、子鬼ちゃん?」


 子鬼を呼ぶと、柚子に向かってドヤ顔でピースをした。

 そこらのあやかしよりは強いと聞いていたが、そんな必殺技があるとは……。


「あなた!」

「お父さん!」


 その声で柚子ははっとする。
 あの攻撃を受けて、ただの人間が無事だろうかと。

 しかし、派手な吹っ飛び方をしたわりには、父親はすぐに体を起こした。
 満身創痍ではあるようだが、死んではいない。
 もしかしたら子鬼達もある程度手加減したのかもしれない。


「あいあい」

「あーい」


 凶悪な顔でじりじりと両親と花梨に近付いていく子鬼達が再び青い炎を出すと、三人は怯えた顔をした。


「あいあい」


 とっとと出て行かないとまた攻撃するぞと脅すような子鬼達に、顔を青ざめさせ、父親を起こすと逃げるように去って行った。


 招かれざる訪問者が去って行ったことでほっとした空気が流れると、祖母があっと声を上げた。


「玄関の戸が……」

「あ……」


 父親と共に吹っ飛んだ玄関の戸を見て、祖父母と柚子に沈黙が落ちる。
 自分達が起こした事態に気が付いた子鬼達があわあわしているのを見て、次の瞬間笑いになった。


「こりゃすぐに修理業者を呼ばないとな」

「子鬼ちゃん達はお手柄だったわよ」
 

 と、祖母は声を掛けて、落ち込んでいる子鬼達の頭をそれぞれ撫でた。