柚子は目の前にいる人物を信じられないものを見る目で見た。
「お父さん……」
袂を分かった柚子の父親。
けれど、父親だけではない。その後ろには母親と花梨までもがいた。
「久しぶりだな」
気持ち悪いほどに笑顔の両親。
「な、なんで……」
柚子はゆっくりと後ずさりすると、それに合わせ父親達が家の中に入ってくる。
入ってこないでという柚子の思いはうまく言葉にならなかった。
ただただ顔を強張らせる柚子。
「柚子、どなただったの?」
奥から祖母が様子を見に出てくる。
そして柚子の両親と花梨の姿を見ると「何しに来たの!」と大きな声を上げた。
その声に慌てて祖父も姿を見せ、祖母と同じように三人を目にすると警戒を露わにした。
「何しに来たんだ、お前達!」
祖父が前に出て、柚子を後ろに下がらせると、祖母が柚子の盾になるように抱き締める。
柚子を守らんとするその祖父母の行動に、父親は不快そうに顔を歪ませた。
「人を誘拐犯みたいな目で見るなよ、息子に対して」
「はっ、いけしゃあしゃあとよく言ったものだ。確かにお前は不肖の息子であることは残念ながら事実だが、柚子には犯罪者とそう変わりはない」
「言いすぎじゃないのか、親父」
「そんなことはどうでも良い。何しに来た!!」
「何度電話しても柚子と会わせようとしないから来たんだろう」
「会わせるわけがないだろ!」
その父親と祖父の会話で、両親が自分と接触を計ろうとしていたことを柚子は知った。
今さら何故という思いが渦巻く。
「柚子は俺達の娘だ。親が娘に会おうとしてるのに何で邪魔をするんだ!?これまでだってこの家に来ようとしたらいつも邪魔が入って、わざわざ鬼龍院の護衛を付けるなんて俺らを何だと思ってるんだ」
柚子ははっと祖母の顔を見ると、苦笑を浮かべた。
どうやらこの両親は何度かこの家に突撃したようだが、ことごとく玲夜の付けた護衛によって防がれたようだ。
だが、それなら今日は何故ここまで来られたのか。疑問が残る。
その間も両親と祖父の言い争いはヒートアップ。
「お前達はもう親じゃないだろう。養子縁組にサインしたその時からな。そのことは散々電話で話したはずだ!」
「確かにそうだが、あんな紙切れ一枚で納得できるか!サインだって無理矢理みたいなものだったろう!」
ギラついた父親の眼差しが柚子を見る。
「柚子、お前は本当にあれで良かったのか?あんな簡単に親を捨てるつもりなのか?」
「そうよ、柚子。親に反抗したい年頃なのは分かるけど、お父さんもお母さんも柚子のことを大切に思っているのよ。それなのに……。お母さん悲しいわ」
情に訴えかける両親に、柚子は冷めた眼差しを向ける。
「確かに花梨の方を気に掛けていたのは申し訳ないとは思うわ。けれど、柚子はお姉ちゃんでしょう?あまり我が儘を言って困らせないで」
ねっ、と話し掛けてくる母親を他人を見る目で見る。
あれからしばらく経ったのに、やはり両親は何も分かっていないことを実感させられる。
家から出たことを、ただの反抗期や我が儘だとしか思っていない。
事態はそれよりずっと重くて深いのに。
柚子はゆっくりと前に出る。
祖母が止めようとしたが、大丈夫だと伝えるように笑みを向け、柚子を守ろうとするその手をそっと離す。
「帰ってらっしゃい、柚子」
優しい母親のような顔。
これまでは花梨にしか向けられなかったその顔を今さら向けられても、柚子の心は微塵も揺らぎはしない。
「……私ずっと寂しかった。そうやってお父さんもお母さんも、都合の良い時ばかりお姉ちゃんでしょって私に我慢をしいて花梨ばかりに目を向けてた。私の事なんて二の次三の次。二人の娘は花梨だけだった。そのことで私が辛い思いをしてるなんて考えもしない。そんな二人から愛情を感じた事なんてなかった。でも、今となってはどうでもいい。私には玲夜がいるから」
伝わるとは思っていない。
そんな簡単に柚子の思いが伝わるのなら、とっくに和解していた。
案の定……。
「そんなことないだろう」
「ちゃんとあなたにだって目を向けていたわよ」
両親は自分達が悪いとは認めない。
認めないというより、本人達は平等に扱っていたつもりなのだろう。
子が親と縁を切るほどに追い詰められていた柚子の気持ちを分かろうとはしない。
やはり言葉を尽くしても無理なのだと、失望と諦めが心を埋める。
けれど、いいのだ。
今は祖父母がいる。何より玲夜が側にいてくれるのだから。
そう思った柚子に、花梨の言葉が耳に入る。
「お姉ちゃん、かわいそう」