桜子が帰った後の柚子は、心ここにあらずな状態。
祖父母と共に夕食を取り、お風呂に入った間も、悶々と様々な感情が胸の中で入り乱れていた。
柚子の様子を心配そうに見ていた祖父母だが、柚子にはそんな祖父母に気付く余裕などないくらいいっぱいいっぱい。
夜寝ようと布団入っても、考えるのは桜子の言葉の真偽のみ。
あの二人にかぎって……。
いや、しかし桜子は嘘を言っているようには見えない。
どちらが本当なのか分からなくて、頭の中を否定と肯定がぐるぐる回って頭を抱えた。
途中、子鬼達が何かを訴えるようにあいあいと必死に言っていたが、柚子にはさっぱり伝わらなかった。
子鬼達も伝わらないことにがっくり肩を落としていた。
結局寝た気がしないまま朝に。
寝不足な顔で起きてきた柚子に祖母は目を丸くする。
「柚子、あなた顔がブサイクな事になってるわよ。昨日寝られなかったの?」
「あんまり……」
「ほんとどうしたの?昨日から何か変よ。昨日来たお嬢さんに何か言われたの?」
「ううん、大丈夫。何ともないから」
本当は誰かに相談したい。
しかし、玲夜に恋人がいるかもなどと祖父母に相談したら心配するのは目に見えている。
心配を掛けたくない柚子は言葉を飲み込んだ。
それに、一晩経って少し冷静にもなれた。
「後で、透子に相談しよう」
花嫁であり友人でもある透子ならば、納得する答えが返ってくるかもしれないと、顔を洗ってさっぱりとした柚子は少し心の中もさっぱりした様な気がした。
やはり何でも話せる友人がいるのは良い。
居間に行くと祖母が手料理を並べているところだった。
「柚子はお茶碗持ってきて」
「はーい」
三人分のお茶碗を用意して、揃っていただきますと朝食を食べ始める。
「ほら、柚子。これが好きだったろう、もっとたくさん食べなさい。ああ、ほらこれも」
これもこれもとドンドン柚子のお皿におかずを乗せていく祖父と、それを微笑ましく眺めている祖母。
「お祖父ちゃん、朝からこんなに食べられないから」
「柚子が久しぶりに泊まりに来たから嬉しくて仕方ないのよ」
笑顔が絶えない食事。
こうした心の底から安心した穏やかな祖父母との時間が取れるようになったのは玲夜のおかげ。
やはり信じたいと柚子は思った。
きっと桜子が言っていたのはでまかせだったのだと。
祖父に勧められるまま食べ過ぎてポンポンになったお腹をさすりながら、食後のお茶を飲んで、テレビを見ながらまったりと過ごす。
玲夜は今頃何をしているだろうか。
てっきり玲夜のことだから、電話を頻繁掛けてくると思っていたのに一度も掛けてこない。
そのことに寂しさを感じる柚子。
無性に声が聞きたい。
けれど、忙しいのではと思ったらスマホに手が伸びない。
それに、桜子からの忠告が解決した訳ではない今の状態で何を話せばいいのか躊躇われる。
だが、屋敷に引っ越してからは学校以外ではずっと玲夜がいた。屋敷で留守番している時も玲夜の気配を感じることが出来ていたのに、今はそれがなく、隣にいないことがなんだか心許なく感じてしまう。
祖父母に会えて嬉しいのに、もう玲夜に会いたくなっている自分に柚子は頭を抱えたくなった。
たった一日でホームシックなんて……。
玲夜と出会ってから長くないというのに、すでにかなり深いところまで玲夜の存在が浸食しているのが分かって、柚子は気恥ずかしくなる。
桜子のことを考えると気が重いのだが……。
「早く会いたいな……」
思わずこぼれ落ちた小さな呟きを拾った祖母がくすりと笑った。
「ふふっ、柚子はもう鬼龍院さんが恋しくなっちゃったのかしら?」
聞かれてしまったと、柚子の顔が赤くなる。
「そ、そんなんじゃ……」
ないとは言えない。本当のことだから。
「鬼龍院さんとはうまくやってるのか心配だったけど、無用な心配みたいね」
「みたいだな」
祖母の言葉に祖父も微笑ましそうに同意した。
「鬼龍院さんはな、お前の両親との話が済んだ後も、俺達のところに定期的に人を送って様子を見に来てくれているんだよ」
「そうなの?」
「鬼龍院さんは本当に柚子のことを考えてくれているから、私達のことにも気を使ってくれているのよ。そんな鬼龍院さんだからあなたを預けることに後悔はないけれど、うまくやってるなら私達も安心だわ」
柚子の知らないところで祖父母のことも気に掛けてくれていたのかと、柚子の心がぽっと灯がともったように暖かくなる。
玲夜は柚子の大事なものを全て守ろうとしてくれている。
「そっか、玲夜にお礼言わないと」
「私達の分も伝えてちょうだい」
「うん」
その時、ピンポーンと家のチャイムが鳴った。
「あら、誰かしら?」
「私行ってくる」
この家にはインターホンがないため、急いで玄関へ向かい扉を開けると……。
そこにいた人達に柚子は目を大きく開けた。