本日の授業終了のチャイムが鳴る。
担任の話を聞き終えると、皆一斉に動き出した。
ザワザワとした教室で、柚子は鼻歌を歌いながら鞄に教科書を詰めていく。
そんな柚子を見て、透子は。
「柚子、今日はなんだかご機嫌ね」
「今日はお祖父ちゃんの家にお泊まりなの」
「よく若様が許してくれたわね」
「なんとか……ね」
おねだりのための頬へのキスを要求されて精神力を削られたが、なんとか許可をもぎ取った。
まあ、本人は許可を出しておきながら不満そうな顔をしていたが、久しぶりの祖父母との時間。柚子は玲夜の無言の圧力には屈しなかった。
常に柚子を目の届く所に置いておきたい玲夜だったが、今日から玲夜は数日家を空けるという話だったので、泊まりでの許可が出たのだ。
「今日から玲夜が家に帰ってこないから、お祖父ちゃんの所にいた方が私も気が楽だろうって」
まあ、柚子の知らぬ所で護衛は置かれているのだろうが。
「あー、そう言えばにゃん吉が当主や偉い人達が集まるあやかしの会合があるとか何とか言ってたわね」
「そんなのがあるんだ」
「にゃん吉自身には関係ない話だけど、家からお手伝いとして人をやったりしてるみたいね。なんでも、近況報告を兼ねた酒宴を数日に渡ってするらしいから人手がいるみたい」
「何日も飲み続けるの?」
「私も詳しいことは知らないけど、あやかしだったらできるんじゃない?人間ならまず無理だけど」
「だよね」
数日帰らないとしか聞いていなかった柚子は透子の話に興味深く耳を傾けた。
東吉の所からも人を出す位なら、玲夜の屋敷からも手伝いに向かう者がいるのだろうか。
屋敷の人手がなくなるから、柚子のお泊まりが許されたのかもしれない。
迎えに来た車に乗って祖父母の家へと向かってもらう。
あらかじめ話が通されていたようで、車の中には柚子のお泊まりセットが入った鞄が準備されていた。
「あの、家の少し手前で降ろして下さい」
柚子がそう運転手にお願いすると、運転手は少し渋い顔をする。
「いえ、しかし何かありましたら……」
その家までの間に柚子に何かあったらを心配しているよう。
「子鬼ちゃんもいるから大丈夫です。さすがにこんな高級車を家の前に止めたら近所で噂になっちゃうので」
祖父母の家周辺の地域はご近所付き合いも密なので、黒塗りの高級車なんかが止まったら何事かと噂になってしまう。
悪いことをしているわけではないのだが、祖父母もいらぬ騒ぎは起こしたくないだろう。
何度かお願いして、ようやく折れてくれた運転手によって、少し離れた場所で降ろしてもらった。
「ありがとうございました」
「いってらっしゃいませ」
運転手にお礼を言って、祖父母の家に。
角を曲がって真っ直ぐ行けば家に着くのだが、家に近付くにつれ見えてくる物。
祖父母の家の前には、見慣れぬ白い高級車がどーんと横付けされていた。
気を利かせて離れたところに止めて歩いてきたのに、これでは意味がないではないか。
「誰の車?」
「あい?」
首を傾げる子鬼達と共に、柚子は不思議に思いながら祖父母の家に入っていく。
玄関で靴を脱いで居間に向かうと、自分の家なのに居心地悪そうにうろうろ歩き回っている祖父の姿が。
「お祖父ちゃん、ただいま」
「ああ、柚子!やっと来たか、待ってたんだぞ」
ただたんに柚子が遊びに来たのを待っていたという様子ではない。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるか。柚子にお客様だ」
「お客様?」
柚子が首を傾げると、キッチンから祖母がお盆にお茶とお茶菓子を持って現れた。
「柚子、いらっしゃい。良かったわ来てくれて。私達じゃ緊張しちゃって緊張しちゃって」
「誰が来てるの?」
「綺麗なお嬢さんよ。確か……鬼山桜子さんって言ったかしら。とっても綺麗な方だからきっとあやかしだと思うんだけど」
「鬼山桜子?」
はて、どこかで聞いた名前だと思考を巡らせる。
少し考え込んだ後、はっとした。
鬼山桜子。
玲夜の婚約者だと。