「大和なら大丈夫だと思ったんだけどなぁ」


 サッカー部のエースで、社交的。
 仲間思いで友人も多く、大和を悪く言う者を聞いたことがなかった。

 誠実な人だと思った。
 だから、大和からの告白も了承した。
 その時はまだ好きではなかったが、自分を必要としてくれることに柚子は嬉しかった。
 好きになれると思った。

 それなのに、こんな裏切り方をされるなど、誰が思っただろう。


「あの女が、色目使ったんじゃないの?」


 透子の言うあの女とは花梨のこと。
 家での柚子の扱いを知っている透子は、決して花梨の名を口にしようとはしない。
 口に出すのもおぞましいと以前言っていた。
 柚子の犠牲の下に暮らす奴の名前を口にするだけで怒りが湧いてくると。

 今も嫌悪感をあらわにしている。


「それはないよ。花梨は花嫁だもん。彼と仲も良好みたいだし、そもそもあやかしの彼の方がそれを許さない。それは、同じ花嫁の透子ならわかるでしょ?」


 透子は、ちらっと東吉の顔を見た後、「まあね」と不満そうに同意した。


 猫田東吉。
 彼は猫又のあやかしで、透子はそんな彼の花嫁。


 あやかしやその花嫁は、かくりよ学園という、ほとんどのあやかしや花嫁が通う学園に通うのが普通だった。

 けれど、小学生からの付き合いで、仲の良かった柚子と同じ学校に行きたかった透子は、柚子と一緒に一般の公立高校へ。

 それまでかくりよ学園に通っていた東吉は、透子の後を追って、この学校で一緒に勉強することとなったのだ。

 それほどまでに、あやかしの花嫁への執着は強い。

 花嫁の前に、花嫁を奪わんとする者が表れたら、徹底的に排除しようとするだろう。


 だから、大和が花梨と結ばれることはないのだ。

 花梨の側には、花梨を花嫁に選んだ、あやかしの中でも強い力を持つ妖狐のあやかしがいるのだから。


「仕方ないよ……」


 そうやって諦めることしか柚子には出来ない。
 また、柚子より花梨を優先する人間が出てきただけのこと。
 いつものことだ。


「柚子……」


 柚子よりも悲しそうな顔をする透子に、柚子は笑い返すぐらいしか出来なかった。


 しんみりとした空気が流れる。

 それを壊したのは東吉。

 突然、パンッと音を立てて手を合わせた。


「突然何よ、にゃん吉」


 睨む透子の頭をわしゃわしゃと撫でてから、柚子を見て時計を指差す。


「透子は良いとして、柚子はバイトの時間大丈夫なのか?」

「あっ!」


 時計を見ると、思ったより時間が過ぎていて、柚子は慌てて立ち上がる。


「ごめん、透子、にゃん吉君。また明日ね」

「う、うん、またね」

「おう」


 二人に別れを告げるとバッグを持って足早に学校を後にした。