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 玲夜の会社でのバイトは週三日。
 バイトがない日はそのまま屋敷に帰って、玲夜が仕事から帰ってくるまで時間を潰す。

 屋敷では使用人がいてくれるので、家事など柚子が手を出せることは何もない。
 お手伝いをと手を出そうものなら、大慌てで止められてしまう。

 これまでバイトを詰めて忙しくすることで家に帰らないようにしていた柚子は手持ち無沙汰。
 仕方ないので勉強するしかなかったが、そんな柚子の様子が雪乃から玲夜に伝わると、次の日には暇潰しのためのゲーム機や本、CDやDVDやらたくさんの暇潰し道具がたくさん用意された。

 家に帰ったら、物が増えていて柚子はびっくり。
 しかし、暇を持て余していた柚子はありがたく使うことにした。


 そんな品々を使って玲夜の帰りを待っていると、コンコンとドアが叩かれる。
 返事をしようとする前にドアご開かれて玲夜が入ってきた。

 返事がある前に開けたらノックの意味はないだろうに、玲夜は返事を待つ時間も惜しいというように、屋敷に帰れば一目散に柚子に会いに来る。


「今日はチョコだ」


 柚子の前に膝を突くやいなや、目の前に差し出された紙袋。
 柚子は困ったようにしながらも受け取った。


「ありがとう。でも、こんな毎日プレゼントしてくれなくて良いんだよ?」

「俺の気持ちだ。柚子に何かしてやりたいんだ。嫌じゃないなら受け取ってくれ」


 玲夜の言葉は飾りのないストレートな言葉で、柚子の心に染み入る。
 だからこそそんなことを言われたら断れない。


「それに、ちゃんと礼はもらう」

「うっ……」


 玲夜の赤い紅玉のような目が、ギラリと輝く。


「玲夜は私のためじゃなくて、そのためにプレゼント持ってくるんじゃないの?」

「さあ、どうだかな」


 玲夜は柚子の横に座りると、引き寄せる。
 ぴとりとくっつく体に、柚子の頬が染まる。

 
 この屋敷に来て直ぐ、玲夜は柚子に十七個のプレゼントを用意してくれた。

 そのあまりの多さに、喜びよりも唖然としたのは良い思い出だ。
 十七個だった理由を問えば、これまで渡せなかった柚子の誕生日の分だという。

 一歳の柚子に、二歳の柚子に、三歳の柚子に。
 十七歳までの柚子へのそれぞれのプレゼントには玲夜からの手書きの手紙が添えられていた。

 プレゼントも手紙も、全て玲夜が自分で用意したのだという。

 誕生日もろくに祝ってもらえなかった十七年分の自分が喜んでいるのを感じて、不覚にもボロボロと泣いてしまった。

 そんな柚子の首に十八歳の誕生日を祝う、ネックレスが掛けられた。


「これは今のお前に。もっと早く迎えに行けなくて悪かった」


 玲夜が悪いわけでもないのに謝る玲夜に、柚子は嬉しさと感謝の言葉が浮かんだが、それは嗚咽に邪魔され上手く言葉には出来なかった。


 本当に玲夜は自分を嬉しくするツボを心得ている。
 こんなにも自分を大切にしてくれる玲夜に、自分も何か返したいと柚子は思ったが、柚子が買える物などたかがしれているし、欲しい物ならすぐに何でも手に入る立場だ。
 何せ、鬼龍院の次期当主なのだから。

 自分には何が返せるだろうと考えた柚子は、ストレートに玲夜に聞くことにした。

 そうして玲夜が強請ったのが、お礼のキスだった。

 最初はあたふたして、とてもじゃないが自分からなど無理だと言った柚子に、玲夜は残念そうにしながらも無理強いすることはなかった。

 そんな玲夜の優しさに柚子は心を決めた。

 女は度胸。と、玲夜にかぶり付きそうな勢いでキスをした。
 まあ、キスと言っても頬にするのが柚子の精一杯だったが、玲夜は本当にすると思っていなかったようで、目を丸くする玲夜の貴重な顔を拝めた。

 それからだ。

 味をしめた玲夜は、会社帰り毎日のようにプレゼントを持ち帰るようになった。


 今日はチョコだったが、昨日は花だったりと、物は様々。

 今日のチョコのお礼を求めて顔を寄せてくる玲夜に、柚子は戸惑いを見せた後、勢い良く頬にちゅっとキスをした。


「そろそろ頬じゃなく、口にしてもいいんだぞ?」


 意地悪く口角を上げる玲夜に、柚子は顔を真っ赤にして首を横に振る。


「まだ無理です!」

「まだ、か。ならもう少しだな」


 口にしてくれる日が来るのが楽しみだと笑って、玲夜は服を着替えに部屋を出て行った。

 残されたのは未だ慣れずに顔を覆って恥ずかしさに身悶える柚子。

 あんな綺麗な顔をした玲夜の頬にするだけでもいっぱいいぱいなのに、自分から唇にキスするなど、そんな勇気などない。

 けれど、恥ずかしく思いがらも、嫌だとは思っていないことは問題だ。

 段々と、玲夜の色に染められていっている気がする。


***



 学校の休み時間、手芸部部長が子鬼二人の服を持ってやって来た。

 少し前にメジャー持参で子鬼のサイズを計っているかと思ったら、二人の服を作るためだったようだ。

 普段の子鬼は甚平に草履という格好だ。
 それでも十分可愛いが、手芸部部長はもっと子鬼達を着飾りたかったよう。

 Tシャツからズボン、靴に帽子しに鞄と、何種類もの服と小物を持ってきたが全て子鬼サイズ。

 よくもまあ、手乗りサイズの小さな子鬼の服を大量に作れたものだと感心した。
 部長の目にはくっきりとしたクマが出来ていたが、その顔はやり遂げた達成感で清々しさすら感じる。
 

「あいあい!」

「あいあいあい!」


 子鬼達も服をもらって嬉しそうだ。
 いつも以上にテンションが高い。


「あい!」


 ぴょんと子鬼が部長の肩に乗ったかと思うと、チュッと頬にキスをした。
 もう一人の子鬼も反対の肩に乗ると、同じように感謝のキス。


「はわわはわわわっ」


 部長は顔を真っ赤にしてぺたりと座り込んだ。
 女子生徒は可愛いと騒ぎ。


「キス一つで女を腰砕けにするとは、なんて恐ろしい奴らっ」


 見ていた男子生徒達がおののいた。


「どこであんなの覚えたのやら」


 透子の疑問に柚子は知らないふりをした。

 まさか言えまい。
 普段毎日のように柚子にプレゼントをしてくれる玲夜へのお礼に、頬にキスをしているなど。
 そして、それを見た子鬼がお礼にはキスで返すと覚えてしまったなどと。