バンっと、机を叩いた高道はどうやらお怒りの様子。
それを見る高道の友人、桜河は迷惑そう。
「お前さぁ、わざわざ人の家来て怒りぶつけるの止めてくれる?」
「これが怒らずにいられますか!?」
高道の怒りの原因は玲夜の花嫁。
そう、高道が敬愛して止まない玲夜に花嫁が現れたのだ。
花嫁が見つかったこと自体は、一族にとって喜ばしいこと。
今まで以上に玲夜の霊力が高まり、価値が上がる。
高道にとっても、玲夜が周りから評価されるのは嬉しいことだ。
まあ、すでに玲夜の価値は誰かが計れることが出来ないほどに高いが。
問題なのは、選ばれた花嫁自身。
美しい玲夜の隣に並び立つのだ。
相手もそれなりの者でなくては納得が出来ない。
その点、婚約者の桜子は高道のお眼鏡にかなった希有な者だった。
さすが一族から選ばれただけあり、玲夜の隣に立っても引けをとらない。
けれど、玲夜が選んだ花嫁は……。
「くっ!何故、あんなちんくしゃがっ!玲夜様も何故あのような者をお選びになったのだ。不釣り合いです!」
「あー、まあ、仕方ないんじゃないのー。花嫁って選ぼうと思うって選べるもんじゃないらしいし。あやかしの本能だし」
「きさまはあんなので納得したというのですか!?」
「いや、そもそも俺会ってないしぃ」
「せめて桜子ぐらいの器量があれば私とて許しますが、あの娘では玲夜様の隣に並ぶに相応しくない」
ダンダンと、握った手を机に叩きつけて、悪態を吐く高道。
いつも敬語で丁寧に対応する高道が、実は毒舌だということはほとんど知られていない。
それを知る数少ない桜河は、呆れた眼差しを向ける。
「お前の玲夜様至上主義は今更だが、理想高すぎんの。シスコンって言われるの覚悟で言うけど、桜子って相当だぞ。一族に選ばれるぐらいなんだからさ」
「それぐらいでなければ、許せません!」
「お前が許さなくても、玲夜様が許せば問題ないって」
「くっ」
自分一人が文句を言っても無意味なのは分かっているのか、高道は悔しげに顔を歪める。
「今日来たのだって、桜子との婚約解消のためだろ?」
「玲夜様から白紙にすると伝えてこいと……」
「まっ、花嫁見つかったなら当然だわな」
桜河は立ち上がると、襖を開けて「おーい、桜子ー!」と声を上げた。
少しすると、鈴を転がしたような澄んだ声をさせて一人の女性が入ってきた。
「お兄様、何かご用でしょうか?」
線が細く儚げな印象を持った、高道が玲夜の隣に立つことに納得するほどの容姿。
まるで天女と形容するのが相応しい、人の目を奪う美しさ。
これが、玲夜の婚約者の鬼山桜子だった。
桜子は部屋にいた高道を見ると驚いた顔をした。
「まあ、高道様。最近いらっしゃらなくて淋しく思っておりましたのよ」
「久しぶりです、桜子。最近は玲夜様のお仕事が忙しかったので、あまり顔を見せに来れませんでした」
「それならば仕方がありませんわね」
高道の玲夜至上主義は、桜子も知るところなのだろう。納得した様子。
「それで、何かご用があったのでしょう、お兄様?」
「ああ。この度玲夜様に花嫁が見つかられた。それにより、お前との婚約は白紙だそうだ」
「あら、まあ」
手で口を押さえ、品良く驚く桜子。
そう、この桜子のような品と所作を身に付けるのは一両日中には出来ぬこと。
あの花嫁にはない気品だった。
せめて容姿が普通なら、桜子ぐらいの品を持ち合わせていたらまだましだが、花嫁となった柚子はどこまでも普通の一言。
「花嫁様が見つかられたのでしたら、白紙も仕方がございませんね。花嫁様はどのような方なのですか?」
誰もが思う素朴な疑問に、桜河は何とも言えない顔をし、高道は悔しげな顔をした。
流れる微妙な空気に、桜子は困惑する。
「私、変なことを言ってしまいましたでしょうか?」
「いや、お前は悪くない。悪いのは……」
そう言いながら、桜河は高道を見る。
「私は悪くありません。悪いのはあの花嫁の方です」
「いや、花嫁は悪くないだろ。ただ、玲夜様に選ばれただけなんだし」
「あの……花嫁様は何か問題のある方なのですか?」
二人のやり取りを聞いていれば、そう誤解するのも致し方ないだろう。
「問題なのは高道の方だ」
「私は許せないだけです。あのような普通の凡人が、至高の存在たる玲夜様の伴侶になるなど。しかも……しかも、あろうことか玲夜様とべったりで、満面の笑顔まで向けられてっ。私にはあんな笑みを向けられたことないというのに」
ただの八つ当たりである。
桜河もいいかげん付き合うのが嫌になってきた様子。
「花嫁なんだから当然だろう。お前それただ嫉妬してるだけじゃんか。どこの小姑だ。ってか、それ絶対玲夜様に気付かれるなよ。消されても文句言えないからな」
「それぐらい分かってます!」
花嫁を批判していることが分かったら不興を買うことが分かる程度の冷静さはあるようだ。
「しかし、気に食わないものは気に食わないのです!」
「はいはい。ガス抜きはしてやるから、玲夜様や花嫁の前ではちゃんと優秀な秘書でいろよー」
と、まあ、しばらく高道は心に貯まった柚子への不満を発散すべく桜河を訪ねる機会が増えた。
しかし、柚子が側にいると玲夜が仕事をセーブするようになり、仕事合間の休憩も、週末の休みも取るようになったことで、少し柚子へのあたりを軟化させる様になった。
柚子の存在が玲夜のためになると分かったからだろう。
柚子も玲夜の役に立とうと必死な様子を見て、悪い子ではないというのを分かったようだ。
とは言え、まだまだ柚子を認めるとまではいかないよう。
玲夜を独占する柚子は、どうしたって高道の目の上のたんこぶなのだ。
柚子がバイトの最中には、いかに自分が玲夜に信頼されて役立っているかを見せつけることで溜飲を下げていた。
くしくも、柚子と同じように、高道も柚子をライバル認定していのだった。
そんな高道は気が付かなかった。
「身の程というものを教えて差し上げなくてはなりませんね」
桜子がそんなことを言っていたことを。