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 荒鬼高道。

 彼の家は代々鬼龍院当主に仕えてきた分家の一族。

 彼の親もまた、現当主に仕えている。

 そして、この度高道も、生涯仕える主との顔合わせが叶った。

 相手は高道よりいくつか年下。
 正直、高道は玲夜という年下の少年に仕えるのは気が乗らなかった。

 それというのも、高道は幼い頃より何でもそつなく熟す器用さがあった。
 勉強も運動も人付き合いも、全て人並み以上に出来て、同世代とは張り合いを感じなかった。

 それ故か、あまり人を信用することが出来なく、気を許せる友人と言えば、筆頭分家の鬼山家の息子だった一つ年上の桜河だけだった。

 人並み以上に何でも出来るが故、誰かに誠心誠意仕えるというのが我慢ならなかった。
 プライドが高かったのだ。

 鬼龍院の当主とは何度か面識があった。

 いつも穏やかな笑みを浮かべ、格下の分家にも仕える使用人にもいつも敬語で話す、とてもじゃないが鬼龍院を、そしてあやかし全てをまとめられるとは思えないなよなよとした男。

 けれど、当主の周囲には、当主に心酔した者達ばかりが揃っていた。
 高道の親もしかり。

 高道は、あの当主のどこにそんな魅力があるのか全く分からなかった。

 あんな当主の息子。
 正直期待できない。

 その時はそう思っていた。


 鬼龍院の次期当主、鬼龍院玲夜に初めて顔を合わせた時、高道は不覚にも見蕩れてしまった。


 自分もあやかしの中では見目の良い方だと自負していたが、玲夜はその上を軽く行った。

 あやかしですら見蕩れる美しさ、あどけなさが残るものの子供とは思えぬ、大人びた表情。
 年下なのに、自分よりもずっと大きな存在感。
 思わず跪きたくなるような覇王のような威圧感。

 そのどれもが、高道を魅了した。


 この方が自分の仕える主人。
 ずっと不満を感じていたはずなのに、玲夜に会った瞬間にそんな感情は全て吹き飛んでいった。
 残ったのは、自分が荒鬼の家の息子であったことの感謝と、玲夜に仕えることが出来る喜びだった。


 それからの高道はもう人が変わったようだった。

 これまで荒鬼に産まれて将来を決められていたことに不平不満を抱いていた高道はいなくなった。

 父親が当主の心酔ぶりを家で口にしていても嫌な気持ちにはならなかった。
 何故なら当主は玲夜の父親。
 きっと素晴らしい人に違いないという考えが産まれたからだった。

 母親はあまりの息子の変わりように呆気にとられていたが、父親は納得の表情だった。
 やはりお前も荒鬼の息子だと、満足そうであった。

 これまで器用に熟せるが故に、適当になっていた全てのことを精力的に熟していった。

 勉学、運動に留まらず、護身術や果ては執事の勉強まで。
 全ては玲夜のために。学べることは全て身に付けていった。

 玲夜が働くようになってからは、秘書として、右腕として陰日向に玲夜を支えた。

 その努力の結果か、玲夜から他の者とは一線を画する深い信頼を得られていると自負出来るまでになった。

 あまり感情が動かない、興味や執着を見せない玲夜が、信頼する者。

 高道にとってそれは誇れることだった。

 最も玲夜を知り、最も玲夜に一番近く、時に笑顔まで見せてくれるのは自分だけだと。

 鬼山家の令嬢と婚約したとしても、その地位は揺るがない。

 そう思っていた。
 思っていたのに……。