休憩を終え、作業を再開。
カタカタとキーボードを叩く。
柚子がバイトをするにあたり、社長室に用意された柚子のためのデスクの上では、子鬼が柚子に見えやすいように書類を持ってくれている。
「次のページめくってくれる?」
「あい」
「あい!」
柚子の言う通り次のページにする子鬼は、立派に柚子のお手伝いを務めている。
「柚子、この書類を十部ずつコピーして綴じてくれ」
「はい」
室内にあるコピー機で書類をコピーしながら玲夜の仕事風景を観察する。
まだ学生の柚子でも知っている鬼龍院グループの社長を務めている玲夜は超が付く多忙。
柚子もバイトをするようになり、玲夜の仕事ぶり目の当たりにするようになって分かったことだが、正直柚子の相手をしてる暇などないのではないかと思っている。
けれど、いつもちゃんと夜には帰ってきて一緒に夕食を取るし、朝だってきちんと柚子が学校に行くのを見届けてから自らも仕事に行く。
学校が休みの土日は玲夜も休みを取っているし。
けれど、高道にそれとなく教えられたのは、柚子が来るまではほとんど休みの日などなく精力的に仕事をしていたらしい。
それを聞いた時は、自分は仕事の邪魔をしているのではと思ったが、玲夜の屋敷の人達からはもの凄く感謝された。
何かに執着することもなく、趣味も特にない。
いつもどこかピリリとした緊張感を持った玲夜は、とても触れがたく近寄りがたかった。
ただ淡々と日々を繰り返すだけの玲夜の生活は、他人から見たら酷く味気ない。
何の楽しみもなく、笑うこともほとんどない玲夜を、ずっと世話してきた屋敷の人達はずっと心配していたようだ。
柚子が来てから、玲夜は凄く楽しそうだと。
以前のような触れたら切れそうな威圧感は和らぎ、その代わり穏やかな顔をすることが増えたと、使用人頭には涙ながらに感謝された。
そう言われた時、柚子は嬉かった。
自分を助けてくれた玲夜に、自分も何か返せているんだと思えて。
けれどそんな柚子は、ライバルがいることに最近気付いた。
「あれの件どうなった?」
「はい。新しく展開するブランドのことですね。その件でしたら……」
「高道」
「こちらですね」
柚子はむむむと眉間に皺を寄せて二人のやりとりを見ていた。
はっきり言って、玲夜は言葉が少ない。
柚子に対しては饒舌になる玲夜だが、他に関しては本当に必要以上のことを話さない。
そんな玲夜の言葉の少ない会話に周囲は疑問符を浮かべることもしばしば。
けれど、高道だけは違う。
あれと言えば、玲夜の必要とするものを用意し。
高道と名を呼ばれただけで、意図を理解し動く。
果てには、玲夜が欲しいものを先回りして、欲しい時に持ってくる。
ツーと言えばカーと返ってくるような、まるで長年苦楽を共にした熟年の老夫婦のような二人。
まだ出会って日の浅い柚子にはとてもじゃないが、真似できない仕事ぶりだ。
しかも、柚子以外の他人には無関心の玲夜だが、高道だけにはちょっと違う。
言葉の端々や接し方からも、信頼していることが窺える。
他人とは少し違う、二人の間に流れる空気は柚子ですら足を踏み入れられない雰囲気が出ていた。
それはこの社長室で一緒にいる時間が増えたからこそ気付いたこと。
玲夜のために何かしたいと意気込む柚子だが、全て高道が先回りしてしまうので柚子の出番はない。
幼少期から仕えている高道とは、一緒にいた時間が違うのだから仕方がないのだが、柚子は少し高道に嫉妬している。
目指すは、高道よりも玲夜の役に立つこと。
高道は自身が知らぬ内に柚子にライバル認定されていた。