「あの……やっぱり花嫁が働くのは良くないんでしょうか?」

「そうですね。基本花嫁は大事に囲われるので、花嫁を働かせることなどありえません。大事な花嫁を養うほどの財力もないのかと、他の家から侮られますからね」

「……」


 柚子は顔を強張らせた。

 ただでお世話になるのは申し訳ないと言い出したバイトだが、そのことが余計に玲夜の迷惑になっているのかもしれないのだと衝撃を受ける。


「余計なことを言うな」


 はっと見ると、玲夜が部屋に入ってきたところだった。
 余計なことを言った高道に対して睨み付けている。


「玲夜……あの……」


 よかれと思った自分の行動が、玲夜の評判を落としているのかもしれないと、柚子はなんと言ったら良いか分からなかった。


「柚子は気にしなくて良い」

「でも……」

「大丈夫ですよ、柚子様。花嫁を働かせるのは良くないとは言いましたが、周囲には柚子様と一緒にいたい玲夜様が無理に花嫁を連れてきているということになっておりますから。玲夜様の評価に傷は付きません。まあ、生暖かい目では見られているとは思いますが」

「玲夜の迷惑になってない?」

「大丈夫ですよ」


 高道ににっこり笑ってそう言われると安堵した。
 玲夜なら大丈夫じゃないことも柚子を気遣って大丈夫と言いそうなので信用できないが、高道なら嘘は言わないだろう。
 秘書である高道が優先するのは玲夜だから。


「それにしても、柚子様は周囲に二人も花嫁がいらっしゃるのにあまり花嫁に関して詳しくはないのですね」


 高道の言うように、妹の花梨に、友人の透子と、二人の花嫁が近くにいる割に柚子はあまり花嫁のことで知らないことが多かった。

 東吉がフォローを入れなければならないほどに。


「すみません……」

「責めているわけではないのですよ。ただ疑問に思っただけで」
 

 しゅんとなって謝る柚子に、高道も慌てる。
 柚子の横にいる玲夜からの視線が怖いからである。
 目から殺人光線が出ている。


「元々両親の関心は花梨にあったんですけど、花梨が花嫁になってからは特に顕著になり。両親に愛されてる花梨が花嫁にも選ばれて、たくさんの人から大切にされてる花梨が羨ましくて、見ていられなくて……。それで出来るだけ花梨ともその相手とも関わらないようにしていたんです。興味はあったけれど、それを聞いてしまうと、いかに花梨が特別かを知らしめられるようで、誰かに聞くことも調べることもしたくなくて……」

「そうですか」

「だから透子が花嫁になった時も多くは聞かなかったし、透子も私の気持ちを慮ってくれたから花嫁について話してくることもなかったので。だから私が知ってる花嫁のことは、あやかしに大切にされるってことぐらいの知識しかなくって」


 その無知さが周りに迷惑を掛けているのだろう。
 玲夜や鬼龍院の人達には申し訳ないと思う。
 しかし、仕方ないじゃないかとも柚子は思うのだ。
 まさか自分が花嫁に選ばれるなど思わないじゃないかと。
 花嫁になると思って先に情報収集している者など、ほとんどいないだろう。

 いや、花梨が通っているかくりよ学園は、あやかしが多いことから、花嫁に関するある程度の知識を教える授業があるらしいが。
 当然、そこの生徒でもない柚子はそんな授業受けてなどいない。


「柚子はそのままでいい」


 柚子を横から抱き締めてよしよしと頭を撫でるのは玲夜。


「玲夜は私を甘やかしすぎだと思う……」


 東吉ぐらいにははっきり怒るところを怒った方がいいと柚子は思う。
 でなければ、その優しさに甘えて駄目な人間なりそうだ。


「問題ない。柚子を甘やかすのが俺の特権だ。他に譲る気はない」


 真顔でそう言うことを言ってしまうのだから、柚子もなんと言って良いのか分からなくなる。
 柚子を慰めているのでも、冗談でもなく、本気で思っているところが玲夜の凄いところだ。
 他の花嫁を持つあやかしは皆そうなのだろうかと思うが、東吉は玲夜ほど酷くはない気がする。

 それとも、二人の時は違うのだろうか。今度聞いてみようと柚子は思った。


「……そうだ。玲夜来週バイトのない日にお祖父ちゃんの家に行ってきても良い?」


 玲夜との決まりで、バイトは週三回。
 他の日はそのまま家に帰るが、玲夜の屋敷に引っ越してからずっと祖父母に会いに行っていなかった。
 ようやく生活が落ち着いてきたので、会いに行きたい。
 勿論、電話では話しているが、会うのとはまた別だろう。


「……そうだな。柚子。お願いする時は?」


 柚子の頬にそっと指を滑らせて問い掛ける玲夜は大人の色気ムンムンで。
 柚子は顔を真っ赤にした。


「た、高道さんがいるから今は……」

「いないぞ」

「えっ?」


 見ると、先程まで部屋にいた高道が消えている。
 こんな時まで空気が読める男、高道は優秀な秘書だった。


「ほら」

「う~」


 クッと口角を上げる玲夜の笑みはどこか意地悪で、柚子は顔を赤くしながら恨めしげに玲夜を見上げた。

 そして、決意の顔をした柚子は、顔を玲夜に近付けていき、チュッと一瞬触れるだけのキスを頬にした。


 玲夜との決まりその二。
 お願いがある時はキスでおねだりする。

 なんとも理不尽な決まり。
 勿論玲夜の一方的な決めごとだ。

 けれど、しないと絶対にお願いを聞いてくれないのだから仕方がない。

 玲夜は頬に一瞬だけなのが、物足りなくて不服そうだが、柚子にはそれでいっぱいいっぱいだ。

 物足りなそうだが、恥ずかしそうにする柚子の反応に満足したのか、祖父母の家への訪問の許可をもぎ取った柚子だった。