「柚子ごめんね、勘違いさせた」
「ううん、私が勝手に勘違いしただけだから」
落ち込んだ顔を見せたら透子に心配を掛けるだけ。
柚子は精一杯の笑顔を見せた。
「……ところで、疑問なんだけど」
「何?」
「花嫁ってのは女だけなの?人間の男も選ばれたりしないの?」
「あー、それな」
東吉は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「あやかしの女ってのは男よりシビアな考え方なわけなんだよ。容姿や性格なんかは二の次。大事なのは強い霊力と資産を持ってるか否か。より強い子孫を残せる種を持つ男かどうかが重要なの。つまり、霊力皆無の人間の男は眼中にないわけ」
「たくましいね……」
なんともあやかしの女性は合理主義である。
「まあ、たまに霊力のある人間の男と結婚したあやかしもいるっちゃいるんだけど、そんなの例外中の例外だな。滅多にない。花嫁のように霊力がないのに相手の霊力を高めたり、強い子を作ったり出来る人間の男ってのは聞いたことないしな」
「そうなんだ」
「そもそも花嫁自体がいまいち分かっていないことが多いからな。どうして霊力もないのに、強いあやかしを産めるのか、相手の霊力を高めることが出来るのか。そもそもなんであやかしは一目見て花嫁だと理解するのか。花嫁に関しては分かっていないことだらけだかんな。皆花嫁はそういうものって理解してるだけだ。理由なんて誰も知らない」
「ふーん」
あやかし本人が分からないのなら、人間に分かるはずがない。
柚子が花嫁だと分かるのも玲夜だけ。
けれど、柚子がすでに強い玲夜をさらに強くする花嫁であるというのは、玲夜いわく間違いがないと断言。
あやかしが花嫁を間違えることは絶対にないと、過去のあやかしと花嫁が証明しているのだという。
人間である柚子にはよく分からない感覚だった。
分からないから不安にもなるのだ。
「私も分かったら良いのに……」
そうすれば、玲夜にいつか捨てられるのではないかと不安を感じることはないのだろう。
胸を張って玲夜の花嫁だと言えたのかもしれない。
そもそも、自分は玲夜のことをどう思っているのだろうか。柚子は考えた。
正直、愛とか恋とか柚子はよく分からなかった。
大和と付き合っていたのも、人気者の大和から告白され、舞い上がった結果受けたにすぎない。
大和を好きだったわけではないのだ。
そう考えると、自分も大和のことをどうこう文句言えた立場ではないなと、改めて思う。
相手に対して誠実でなかったのはお互い様だった。
けれど、また繰り返そうとしているのかもしれないと柚子は迷走する。
好きなわけでもないのに、愛すると言われて舞い上がって玲夜を受け入れた。
それは、大和の時と同じではないのか。
あの時は精神的に弱っていたからといって、玲夜の手を取るべきではなかったのかもしれない。
そう後悔したとて、恐らくもう玲夜は柚子を手放したりはしないだろう。
外堀を埋め、柚子の逃げ道を塞ぎ、真綿で包むように柚子を閉じこめるだろう。
けれど、それの何が悪いのか。
愛されて何が不服というのか。
あれほどに大切に愛してくれる人と出会う確率がどれだけ低いか。
身を任せればいい。
そう囁く自分もいる。けれど……。
それでは駄目なのではないかとも思う。
お互いを思い合っている透子と東吉を見ていると……。
愛情を受けるだけではない。相手にも愛情を返している二人を見ていると特にそう感じる。
出来るなら柚子もそうありたい。
愛されることばかり考えて、返すことを忘れているのではないかと。
柚子の両親からの扱いを思えば、愛されたいと願うことは何らおかしくはない。
けれど、自分のことばかりではなく、相手のことを……玲夜を愛したいと、柚子はそう思うようになっていた。
それは柚子にとっては大きな変化であった。
自分は玲夜をどう思っているのか。
好意はある。
あの家から出してくれた、柚子にとってはヒーローだ。
嫌いになる要素などどこにもない。
けれどそれは恋なのかと言われると首を傾げるしかない。
キスもされたけれど、その時は驚きと玲夜の怒りに触れた恐さでそれどころではなかった。
とは言え、嫌悪感はなかった。
考えれば考えるほど迷宮入りしそうになったので、柚子は考えるのを諦めた。
まだ、答えは出ない柚子だった。
そもそもよく考えればまだ玲夜と会ってから三日目なのだ。
焦る必要はないのだから。