その後、休憩時間の度に質問攻めに会い、昼休みを迎える頃にはもう精神疲労でぐったり。
 けれど、それ以上に疲労困憊させる出来事があった。

 昼休みに入って直ぐ、大和が柚子の所にやって来たのだ。

 大和に別れを告げられたのはたった二日前。けれど柚子には遠い昔のように感じる。
 それほどに色んなことがこの二日であり過ぎた。
 不思議なことに大和を見ても、胸が痛むことはなかった。


「ちょっといいか?」

「何?」


 今更何の用かと自然と柚子の声も冷たくなる。


「話があるんだ」

「話ならここでして」


 大和は周囲を見回して躊躇いを見せたが、柚子が動かないことを見て、仕方なく口を開いた。


「花嫁になったってほんとに?」

「そうだけど?」

「いつからだよ。急に花嫁っておかしいだろ。だって二日前までは……二股してたのか?」

「勝手に私を誰かさんと一緒にしないでくれる。妹に一目惚れして別れを告げるよりはおかしくないと思うけど?」

「っそれは……」


 言い返せるものならしてみろと言わんばかりに、柚子は大和を強く睨み付ける。


「それは……悪かったと思ってる。俺もよく考えてみたんだ、それで……」

「もうどうでも良いから。話がそれだけならもう良い?透子を待たせてるから」


 大和の言葉をぶった切って話を強制終了させると、何故か傷付いたような顔をする大和。
 意味が分からない。
 別れを切り出したのは大和だというのに。

 そんなこともあり、柚子の精神力はゼロに近い。

 子鬼がよしよしと頭を撫でて癒してくれるのだけが救いだ。

 今は昼食を透子と東吉と共に、中庭で食べる。
 普段は食堂で学食を食べているのだが、今日は玲夜の屋敷の専属料理人により作られたお弁当を持たせてくれた。

 彩りに加え、栄養面も考えられた完璧な弁当は見事の一言だ。


「意味分かんない。今さら何が言いたいわけ?」

「ほっときなさい。そんなことより柚子は鬼龍院の家で良くしてもらってる?」

「うん。皆親切にしてもらってるよ」

「なら良かったわ。急に花嫁なんて言われて納得しない人がいるんじゃないかって心配してたのよ。にゃん吉が、若様の婚約者は絶世の美女の上、才色兼備で鬼の一族の中でも人気が高いとかって言ってたから」

「……婚約者?」

「そう鬼龍院玲夜の婚約者の鬼山桜子って人」


 ボトッと持っていた肉団子が落ちた。
 柚子の顔色は悪くなる。

「えっ、玲夜の?」

「ええ、そうよ……って、知らなかった?」

「全く。だって誰もそんなこと一言も……」


 柚子の頭の中は混乱状態。
 玲夜に婚約者がいたなどと初耳だ。

 玲夜に婚約者がいるなら、自分は何なのだ。花嫁なんて言われているが、婚約者がいるなら自分は必要ないのではないか?

 玲夜に騙された?
 遊ばれてたのか?

 ぐるぐると嫌な想像が頭の中を回っていると、東吉の手が伸びてきて、額にデコピンをされる。


「っつ」


 痛いが、痛みのおかげで我に返った。


「透子、お前が変な言い方するからこいつ勘違いしてるだろうが」

「……勘違い?」

「まず最初に、あやかしは基本あやかしとしか結婚しない。これは良いな?」

「う、うん」

「次期当主ともなれば、一族が伴侶となる奴を話し合いで決める。霊力が釣り合った奴をな。その話し合いで決められた鬼龍院様の婚約者が鬼山桜子様だ。彼女は筆頭分家の鬼山の令嬢で、鬼龍院と年齢が釣り合う一族の女の中で一番霊力が高いことから選ばれた」

「うん」

「けれど、これはあくまで一族の話し合いで決められた政略的なものだ。鬼龍院様の意思で決まったわけじゃなく、花嫁が現れた場合は花嫁が優先される」

「そうなの?」


 東吉の話を聞いて、段々と冷静になってきた。


「俺にだって以前は婚約者がいたんだぞ。けど、透子が現れてその話は白紙になった。鬼龍院様の場合もとっくに白紙になってるだろう」

「ほんとに?」

「疑うなら鬼龍院様に聞いてみれば良い。一族としても、強い子を産む花嫁を優先するのは当たり前のことだからな」

「そ、そっか……」


 それを聞いて柚子はほっとした。

 けれど、才色兼備の絶世の美女を押しのけて、自分がそこに座って良かったのだろうか。
 時々表れる卑屈な自分が顔を出してきて、柚子は自分で自分が嫌になる。

 玲夜を信じたいのに。

 選ばれたいと思いながら、いつまでも、自分が選ばれることに疑問を持ってしまう。

 強くありたいのに、弱い自分が後を追いかけてくる。

 柚子は分かっている。
 玲夜を信じ切れないのは玲夜が悪いわけではなく、柚子自身の自信のなさが原因だと。