「ねえねえ」
突然三人の間に柚子の友人がおずおず声を掛けてきた。
「何?」
「盗み聞きしてたわけじゃないのよ。でも耳に入ってきたから……。その……今、花嫁になったとかって言ってたから気になって」
柚子がそんなまさかね。といった感じで問い掛ける友人のその後ろには、こちらを窺う数名のクラスメイト。
柚子はどうしたものか。素直に言うべきか、しかし騒ぎになるのは嫌だしと躊躇っていると、そんな柚子の葛藤をよそに透子がペロッと喋ってしまった。
「ああ、柚子がね鬼に選ばれたのよ花嫁に」
「っ透子!なんで喋っちゃうの!?」
「いけなかった?」
透子は自分が花嫁だから分かっていないのだ。
普通の女子高生からしたら美しいあやかしに愛される花嫁とは夢のような存在。
そんなことが知られれば……。
「嘘、ほんと!?」
瞬間、教室内は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。
特に女子の悲鳴は鼓膜を痛いほど響かせる。
「柚子!マジなの?ねえ!?」
「きゃー、嘘!しかも鬼なの!?」
「凄いわ、良くやった!相手はイケメン?イケメンなの!?」
「どうなの、柚子!!」
肩を掴まれガクガクと揺さぶられる。
ああ、えらいことになった……と、柚子は遠い目をした。
鬼が特別綺麗な容姿をしていることは誰もが知っていることだ。
それを射止めた柚子は英雄の如きもてはやされたが、女子が一番気になるのは相手の容姿のようだ。
東吉ですらアイドルのように騒がれているのに、それよりも美しいと評判の鬼。
女子達は血に飢えた野獣のように目が血走っている。
「写真はないの!?」
「……も、持ってない」
「私あるわよ」
「いや、なんで持ってるんだよ」
東吉の鋭いツッコミに柚子も同意する。
いったいいつ撮ったのか。
「昨日帰る時にこっそりと。代わりに柚子の写真渡すことで快く撮らしてくれたわ」
「いつの間にそんな取引を」
ちゃっかりしている透子であった。
スマホで玲夜の写真を出すと、それを見た女子達は絶叫。
きゃあなどと可愛らしいものではなく、ぎゃあぁぁと叫んでいる。
「何このイケメンは!」
「ほんとに生きてるの!?」
「尊いっ!!」
女子の誰もが写真の玲夜に見惚れている。
写真でこれなら、実物が来たらどうなることか。失神者が続出しそうだ。
「こんなイケメンとどこで出会うの!?」
「どうやって花嫁になったの!?」
女子達の興味は尽きないが、そこに教師が入ってきて騒ぎを叱る。
「もう授業は始まってるぞ!席に着きなさい!」
しぶしぶ席に戻っていく生徒達。
解放された柚子はほっとする。
席について鞄から教科書を取り出そうとファスナーを開けると……。
「やー」
「あーい」
ぴょんと二人の子鬼が飛び出し、柚子の机の上に着地。
戦隊ヒーローのように決めポーズをしてドヤ顔をした。
「いつの間に」
学校に連れてはいけないと置いてきたはずの子鬼が出てきて柚子は唖然。
直後、玲夜の写真と同じぐらいの破壊力のある悲鳴が木霊した。
「きゃあぁぁ」
「何あれー!?」
「可愛いぃぃ!!」
子鬼が、にぱっと笑顔を浮かべ手を振ると、女子達からきゃあきゃあと悲鳴が上がる。
「確かに置いてきたのに……」
朝確かにいってきますと手を振って雪乃と共に見送ってくれたはずの子鬼が何故いるのか。
それよりも、この騒ぎをどうしようか……。
軽く現実逃避したくなった柚子の下へ教師が来る。
「こら、学校にペットを持ってきちゃいかん!」
「いや、ペットじゃないんですけど……」
子鬼を見てペットと言う教師の目を疑う。
明らかに人外の何かであろうに。
「あい」
「あいあいー」
子鬼が何かを訴えるように教師に向かって叫ぶ。
しばしの間流れる沈黙。
見つめ合う子鬼と教師。
ウルウルと瞳を潤ませる子鬼二人。
……陥落したのは教師だった。
「うむ、まあ、なんだ、連れてきてしまったものは仕方ないな。大人しくしているんだぞ」
「あーい」
「あーい」
「ほら全員席に着けー!授業始めるぞー」
子鬼の可愛さの前では教師もただの人になるようだ。