屋敷へと帰る車の中。
 広さは十分なのに何故か玲夜の膝の上に抱っこ状態の柚子は居心地を悪くしていた。
 逆に玲夜は上機嫌であった。あまり表情には出ないが空気が柔らかい。

 言うなら今かと意を決した。


「あのね、玲夜」

「どうした?」

「バイトしてもいい?何でか分からないけど、今まで働いてたバイト先クビになっちゃったから、これから探すことになるんだけど」

「ああ、辞めるように伝えさせたのは俺だ」

「えっ?」


 柚子は目を見開いて驚く。


「どうして!?」

「必要ないだろう。働かずとも金銭的な不自由はさせるつもりはない」

「だけど、働かないと学費とか払えないし……」

「それは俺が払っておくから問題ない」

「でも、玲夜にそこまでしてもらうわけには……。生活面でも玲夜に頼ってるわけだし」

「そんなことを気にする必要はない。柚子のことは全て俺が面倒をみる」

「そこまで玲夜に頼りたくない」


 頼ってしまったら引き返せなくなる。
 玲夜は柚子を甘やかすから、このままでは一人では立てなくなってしまうのではないかと思ってしまう。
 それは柚子にとって酷く怖いことだった。

 けれど、玲夜はそんな柚子の言葉に怒りの表情となる。

 柚子の顎を捕らえると、逃がさぬようにその赤い目が柚子を見つめる。
 

「お前は俺の花嫁だ。お前もそれを受け入れた時点でお前は俺のものだ。この先一生。だから俺に全て預けろ」


 玲夜は気付いている。柚子が玲夜を信じ切れていないことに。
 その上で告げられた傲慢なその言葉には、どこまでも重い思いが含まれていた。
 柚子の全てを手に入れたい欲の籠もった赤い瞳が柚子を捕らえて離さない。

 信じたい。
 けれど、これまでの弱い自分が顔を出して、柚子を押し止める。

 玲夜は一生と簡単に言うが、そんな保証などないではないかと。


「でも……でも、そんなの分からないじゃない!玲夜も大和みたいに簡単に心変わりしちゃうかも。そうしたら誰にも頼らずに生きていかないといけないのに……」


 玲夜の赤い目が嫉妬と怒りに燃える。

 柚子の顎を掴む手を引き寄せて、強引に唇を合わせた。


「!!」


 驚いた柚子は離れようとしたが、後頭部に回された手がそれを阻む。
 それは直ぐに離れたが、柚子の顔は真っ赤になる。


「まだ会って間もない俺を信じ切れないのは分かっている。だが、俺はお前を離すつもりはない。信じられないならそれで良い。俺が信じさせてやる」


 力強い玲夜の言葉には説得力があって、思わず折れてしまいそうになる。


「玲夜……」

「だから今は、疑いながらで良いから俺の側にいろ。あやかしの執着心がどれだけ重いか、一生をかけて思い知ることになるだろう」

「でも、もし、私をいらなくなったら……?」

「ならないと言ってるだろう。俺はお前を簡単に捨てた両親や男とは違う。だから、昔の男のことなんて忘れろ。お前に男がいたというだけでも嫌なのに、あんなゴミと比較されるのは不愉快だ」


 怒っていると言うよりも、拗ねたように見える玲夜。
 ゴミとまで言われる大和が少し哀れになり、柚子はくすりと笑う。


「不安なったらそうやって言葉にしろ。何度だってその不安を取り除いてやる。柚子が俺を信じるまでずっと」

「うん……」


 頷いた柚子に表情を柔らかくした玲夜は柚子を腕の中に抱き締める。
 玲夜の温もりが柚子を包みこむ。この温もりは嫌いではないと柚子は思った。


「バイトがしたいなら俺の仕事を手伝ってくれ」

「玲夜の?」

「ああ。学校終わりに迎えをやるから、俺の所で働けば良い。それが学費の代わりと思えば柚子も少しは気が楽になるだろう?」


 怒りながらもちゃんと柚子の気持ちにも配慮してくれる玲夜。
 その優しさが柚子の心に染みる。


「うん。ありがとう、玲夜」


 柚子は玲夜の背に腕を回した。
 いつか無条件で信じられる日が来るのだろうか。
 ただただ、目の前の人の愛情に包まれて、その愛情を純粋に信じることが出来る日が。

 そんな日が来たら良いなと柚子は思った。