現実はそう甘くないことを知った柚子は目に見えてしょんぼりとした。


「まあ、鬼の一族の逆鱗に触れたい自殺志願者はそういないとは思うが、どの世界にも馬鹿はいるから気を付けとけよ。とりあえず鬼龍院に連絡しろ。無事だって」

「う、うん」


 屋敷を飛び出してきてしまったことを申し訳なく思いながら、柚子はスマホを取り出そうと鞄を掴んだ。
 横のポケットに入れていたスマホを取ろうとすると、何故か鞄の本体が自然と開いた。そして……。


「あい!」

「あいあい!」


 鞄からひょっこりと顔を出した二人の子鬼に柚子は目を丸くした。


「えっ、いつの間に」


 いつから入っていたのか、屋敷に置いてきたはずの子鬼が。


「やだ、何その子達。可愛い」


 透子が目を輝かせる一方で、東吉は顔が強張っている。


「ねえ、柚子何その可愛いの」

「えっと、使役獣?とか言ってたかな。あやかしが霊力で作るんだって玲夜が」

「私も欲しい!にゃん吉作って!」

「いや、お前ら簡単に言うけど、使役獣ってそんな簡単に作れるものじゃないからな」

「そうなの?」


 玲夜の様子の限りでは簡単に作った感じであったが。


「鬼と猫又を一緒にするんじゃねぇよ。意思を持った使役獣なんて半端ない霊力が必要になるんだぞ。しかも出せるのはしばらくの間だけだ。なのに何だよそいつらの霊力の強さ。どんだけ霊力込めて作られてんだ。俺が作ろうと思ったら干からびるぞ」


 それでも足りないと愚痴る東吉に、透子は残念そう。


「えー、私も欲しかったのに」

「うちの猫共で我慢しとけ」


 猫又の家だけあって、この屋敷には猫がたくさんいる。
 猫好きにはパラダイスみたいな猫屋敷だが、あいにく透子は猫派ではなく犬派だった。
 猫がたくさんいることで、他の動物が飼えないことがちょっと不満だった。


「ところで、連絡は?」

「そうだった……あっ」


 鬼龍院の家に連絡をと思ったところで思い出した。


「どうしたの?」

「私玲夜のも鬼龍院の家の誰のも電話番号知らないや」

「お前なぁ」


 東吉が呆れた顔をする。


「仕方ないじゃない、昨日の今日だよ?聞く暇なんてないぐらいあっという間の出来事だったんだもの。でもお祖父ちゃんなら知ってるかな?玲夜の秘書の人と連絡取ってたみたいだから」

「それならこちらから連絡した方が良いかもな。その方が早いだろ」

「ならさっさとしてきてよ、にゃん吉」

「へいへい」


 透子に促されて、立ち上がった東吉はそのまま部屋を出て行った。

 
「あい」


 黒髪の子鬼が透子の所に行き、にぱっと笑った。
 その可愛らしさに、透子はノックアウトされた。


「なんて可愛いの~」


 透子が手を差し出すと、人差し指を握って握手した。
 それを見ていた白髪の子鬼も透子の所に行き握手をしていた。

 玲夜の霊力から作られた使役獣だが、製作者と違って愛想が良いようだ。


 透子は一通り子鬼と戯れて満足し、子鬼も柚子の所に戻ってきていつもの肩に落ち着いた。


「そう言えば学校辞めないととかなんと言ってたわね?」

「あー、うん」


 そのことをすっかり忘れていた柚子は再び落ち込んだ。


「バイトクビになっちゃったでしょう?でも両親とは縁切ったし、お祖父ちゃん達は年金暮らしだから頼れないし。そしたら学費払えなくなっちゃうから……。割の良いバイトが見つかったらいいんだけど」

「でもさ、そもそもバイトなんてさせてくれないんじゃないの?私だって何度か頼んだけどバイトとかさせてくれないもの。にゃん吉のくせにそこは頑固一徹なのよね」


 先程の東吉の話。
 花嫁は弱みになると言われてしまえば、不用意な外出は許されなさそうだし、柚子もお世話になってる以上、迷惑を掛けるようなことはしたくない。


「でも、そしたら学費払えなくなる」


 そうなれば学校は辞める一択になってしまう。


「柚子を花嫁に選んだ、鬼龍院の若様、だっか?その人にお金出してもらえば良いじゃない」

「うー。でも、ただでさえ生活を頼ることになってるのに、学費まで出してもらうのは気が引けるというか」


 玲夜は全て面倒見ると言っていたが、やはり昨日初めて会った人間にそこまで頼るのは気が引けてしまう。
 柚子なりに葛藤がある。


「花嫁なんだし頼れば良いのよ」

「うーん」

「相手はあの鬼龍院でしょう。公立学校の学費なんて微々たるものじゃない」

「金額の問題じゃないんだけど」


 柚子はどこかで恐れているのだ。
 玲夜の花嫁に選ばれて嬉しいと思う気持ちと供に、まだ心の中でくすぶる疑いの気持ちが存在していた。

 もし、いらなくなったら。
 玲夜から必要ないとあの家を追い出されてしまったら。
 そう思う心が全てを預けきることを躊躇わせる。

 だからこそ、頼らずにすむことは自分の力でしたかった。
 もし、いらないと言われる日が来ても、ちゃんと自分の足で立てるように。

 そう柚子は思っていたが、そんなものはいらぬ心配だということを人間である柚子は分からない。
 あやかしが花嫁を思う気持ちは人間が思っているよりずっと深く重いのだ。

 そのことを柚子が理解するにはまだ少し時間が必要なのかもしれない。