「鬼龍院なら私でも知ってるわ。そんな人が柚子を花嫁にねぇ」

「まだ実感はないんだけどね」


 苦笑を浮かべる柚子。


「何言ってるのよ、そんな人に花嫁に選ばれるなんて光栄なことじゃない。もっとふんぞり返ったら良いわよ。そして、あの親や小娘にざまあみろと高笑いしてやったら良いわ。ついでにクソ狐にもね」

「それは玲夜がやってくれた。さすがに高笑いはしてないけど、両親と縁を切るように、お祖父ちゃん達と養子縁組するように手続きしてくれて」

「そりゃまた思い切ったわね。柚子の性格からして、何だかんだで切れないでいると思ってた」

「思い切れたのは玲夜のおかげかも。結果的にはなんかスッキリしてる」

「そう。柚子がそれで良いって言うなら良かったわ。私は何もしてあげられなかったから、ちゃんと柚子を守ってくれる人が出来て良かった」

「透子は私の愚痴も聞いてくれたじゃない。それがどんなに救われたか」

「柚子……」


 がしっと抱き合った柚子と透子。
 お互いの友情を確かめ合っていると、横から腕が伸びてきて透子がさらわれた。

 簡単に透子を奪い返した東吉は不機嫌そうな顔。
 あやかしというものは、それがいくら女同士の友情だとしても花嫁を取られるのは我慢がならないらしい。

 透子はやれやれという顔をしているが、文句は言わず大人しく東吉の腕の中におさまっている。

 それを羨ましい思いで見る柚子。

 重いほどに深く愛される透子と、そんな透子を必要としている東吉。
 そんな二人の関係を羨ましく思っていた。
 いや、妬ましいと思ったことすらある。そしてそう感じる自分を嫌になったこともある。


 けれど、柚子にも玲夜という存在が表れた。
 透子を必要とする東吉のように、柚子を必要とする玲夜がいる。

 あの時、「あなたは私を愛してくれる?」その問いに頷いた玲夜は、その答えを違えることなく柚子を深く愛してくれるのだろう。

 玲夜の存在は柚子の心を強くしたと同時に、透子と東吉の二人を微笑ましく見ること出来る心の余裕も与えた。


 透子を取り返して満足した東吉から解放された透子から素朴な疑問が。


「お祖父さん達と養子縁組したならあの家は出たの?」

「うん。あの家は出て、これからは玲夜の家でお世話になることになった」

「まあ、それが妥当だろ」


 東吉は当然という顔をしているが、柚子はあの家でお世話になることにはまだ気が引けている。
 けれど、祖父母からも快く送り出されてしまっては嫌だとは言い出せなかった。
 玲夜も押しが強いので、なおさらだ。


「っていうか、お前一人で来たみたいだけど、ちゃんとここに来ること言ってきたんだろうな?」

「言ってないけど?」


 そう言うと、「アホか!」という怒声を浴びせられた。


「そんな怒らなくても」

「あのなぁ、きっと今頃鬼龍院の家は大騒ぎになってるぞ」

「なんで?」


 分かっていない様子の柚子に、東吉は深い溜息を吐いた。


「……まだ花嫁になりたてだから分からないのも仕方ないか」


 頭をポリポリと掻いて、東吉は少し怒りを静めた。


「あのなぁ、あやかしと言っても一枚岩じゃないんだよ。家同士敵対してるところもあれば、どうにかして足をすくってやろうと野心を持ってる家もある。だけど、基本力が上の一族には手を出したりしない。特に鬼なんか返り討ちされるのが目に見えてるからな。でもそんな鬼に一矢報いる方法がある」

「何?」

「花嫁を奪うことだ」

「……」

「右に出る者がいないほど強い霊力を持つ鬼だが、花嫁は力のないただの人間。花嫁は一族に繁栄をもたらす希望であると同時に、唯一の弱みにもなるんだ。そんな花嫁がほいほいその辺を一人で歩いてたらどうする?」

「かなりまずい?」

「まずいなんてもんじゃすまない。あやかしの中じゃ下位にある俺の花嫁である透子にだって、常時護衛を付けてるんだ。鬼龍院の花嫁なんて弱点、野心がある奴らが狙わないはずないだろう。まあ、まだ周知されてなかったから大丈夫だったんだろうが、これからは気を付けろ。お前は鬼龍院の唯一の弱みになったんだ」

「……」


 そんなつもりはなかった。
 ただ、必要とされたくて。
 必要としてくれたことが嬉しくて。
 ただそれだけだったのに、柚子を置いて物事が大きくなっていたことに、柚子はようやく知った。


「だから、弱みになってしまったお前を迎えることを嫌がる一族の奴もいると思う。そこは覚悟しておいた方が良いぞ。花嫁は喜ばれるだけじゃないんだ。強いあやかしてあればあるほどな」

「……うん」


 柚子は自分が浮かれすぎていたことを反省した。
 花嫁なら幸せになれると、そう単純に思っていたのだが、そんな単純なものではなかったのだ。