透子の部屋に行くと、テーブルを挟んで向かい同士に座る。
「そう言えば柚子、今日はバイトだったんじゃないの?学校も休んだし、休んだの?」
「それが……クビになりました……」
柚子が言いづらそうに言うと、透子は、はぁぁ!?と声を上げた。
「何で!?」
「保護者から辞めさせるって電話があったらしくって」
「それって柚子の両親が?」
「分かんないけど、多分そうじゃないかな」
「何でそんなことするのよ、意味分かんない」
「それが、私お祖父ちゃん達と養子縁組して、あの家出ることになったの。だから、その嫌がらせかも」
「養子縁組?何で急に。昨日までそんなこと一言も言ってなかったじゃない」
「……ほんとだよねえ。急すぎて私もついていけてない」
昨日から今日を振り返ってしみじみとする柚子。
全くどうしてこうなったのか、展開が早すぎてまだ夢の中のようだ。
もしかしたら自分の希望が生み出した夢の中ではないかと勘違いしてしまいそうになる。
けれど、玲夜抱き締められたあの温もりは確かに現実だった。
部屋の扉がノックされ、東吉が三人分のお茶とお菓子を持って入ってきた。
テーブルに置くと、透子の隣に腰を下ろした。
東吉も揃ったところで、改めて透子が聞く。
「何があったか、一から説明してよ」
「うん。それが、花梨と大喧嘩しちゃって」
「珍しいわね。っていうか初めてじゃない?」
あの家でのことを透子は知っていた。
まだ諦めを覚える前の柚子から相談されたことや、悲しむ柚子を慰めたこともあり、ある程度のことは聞かされていた。
けれど、所詮他人でしかない透子は柚子の話を聞いてあげることしか出来ず、段々と諦めの色をしていく柚子に何もしてあげられないことを悔やんでいた。
家族の話をする時、どこか暗い色を見せる柚子が、今は吹っ切れたように自然な顔をしていることに透子は気付き内心かなり驚いた。
たった一日で何があったのか。
これほどまでに柚子を変えてしまう何かがあったのは確かだった。
「お祖父ちゃんからもらった誕プレの服を取られそうになって思わず叩いちゃったのね」
「おっ、とうとうやったか」
東吉が口角を上げて茶化す。
東吉も事情を知る一人。
花嫁である透子ほど柚子に関心はないが、友人の一人程度には好意を持たれていると柚子は思っているので、柚子の家での扱いには思うところがあったのかもしれない。
花梨を叩いたと聞いてちょっと嬉しそうだ。
「そしたら花梨至上主義のあの彼氏に燃やされちゃって」
「はあ!?」
軽く言ったつもりだったが、燃やされたという言葉に透子の目が吊り上がる。
「にゃん吉、今すぐあのクソ狐殺ってこい」
「無茶言うなよ、猫又が妖狐に勝てるわけないだろ。瞬殺されるぞ」
あやかしのことは柚子には分からなかったが、猫又はあやかしの中ではあまり強いあやかしではないようだ。
「けど、燃やされた割にはお前から狐の霊力感じないな。というか、鬼の気配が強すぎ」
「そんなのどうでも良いわよ。燃やされたなんて、怪我してないの?」
「手を火傷したんだけどね、玲夜が治してくれて、この通り」
心から心配してくれる透子の気遣いに心を温かくしながら、火傷していた手を見せる。
「玲夜?」
知らない名前に透子が首を傾げる。
「うん、玲夜。その喧嘩の後に家飛び出しちゃって、途方に暮れてたらその玲夜と出会って。そしたらその玲夜が私のことを花嫁だって」
「えー、嘘本当!?柚子も花嫁だったの?ってことはその人もあやかしってことよね」
「うん、そう。玲夜は……」
玲夜の説明をしようとしたところで、東吉が口を挟む。
「……ちょっと待て。さっきから玲夜玲夜と言っているが、まさか鬼龍院の玲夜様じゃないだろうな……?」
東吉の顔色は悪く。違うと言ってくれとその顔が告げていた。
「そうだけど?」
「まじかぁぁぁ!」
「にゃん吉うるさい!」
絶叫する東吉は透子に怒られるが、そんなことを気にしていられる状態ではないようだ。
「おおおお、お前が鬼龍院の若様の花嫁だとぉ!」
「にゃん吉君、動揺しすぎ」
「これが動揺せずにいられるか!鬼龍院だぞ!次期当主だぞ!あやかしの中で二番目に偉い方なんだぞ!」
ちなみに一番は当主である玲夜の父親だ。