透子が暮らしている家は、実際には透子の家ではない。
透子が東吉の花嫁となってから、透子は東吉の家である猫田家で暮らしている。
基本花嫁は大事にされるし、あやかしは花嫁が目の届かない所に行くのを嫌うので、花嫁に選ばれるとあやかしの家で暮らすことになる場合が多いようだ。
花梨の場合は両親と離れたくないとだだをこねた結果、瑶太が折れたようで、家族と共に暮らしていたが、時間があれば花梨の様子を見に来ていた。
そんな例外がありつつも、多くの花嫁と同じようにあやかしの家で囲われている透子は、その家では女帝のように君臨している。
東吉が尻に敷かれているとも言うが……。
両親とも頻繁に会ってもいるようで、そこはうまいこと両立させているようだ。
猫田家も例に漏れず資産家の家柄で、その家は屋敷と言って相違ない大きさである。
初めてこの家に遊びに来た時には、その大きさに圧倒されたのだが、玲夜の屋敷を見た後では小さく感じてしまうから不思議だ。
鬼龍院次期当主の家と比べること自体かわいそうなのかもしれないが、猫田家は一般から考えれば十分大きい成功者の家だ。
そんな家の前に立った柚子はインターホンを鳴らす。
すると、自動で門が開き柚子を招き入れる。
何度か来たことのある柚子は、特に驚くこともなく中に入っていくのだが、玄関前まで来ると何やら中が騒がしい。
ドタバタと人が走り回っている音が聞こえる。
頭に疑問符を浮かべ、玄関の戸を開けると、東吉が走り込んできた。
その顔は焦りと僅かな怯えで強張っていた。
しかし、柚子の顔を見るとほっとした表情を浮かべたが、それも一瞬のこと。
柚子をじっと見つめたまま、目を見開き再び怯えを見せた。
「お、おま、お前……」
「こんにちは、にゃん吉君」
「お前、なんちゅうもんくっつけてんだぁぁ!!」
「はい?」
東吉に指をさされた柚子は首を傾げた。
自分の体を確認してみるが何もくっついてはいない。
子鬼達も家においてきたので、肩にもどこにも何も乗ってはいない。
「何言ってるの?」
「何じゃないだろうが、そんなに鬼の気配体中からさせておいて!どこで付けてきた!?その気配のせいで鬼が来たかと屋敷中大騒ぎだぞ。俺達猫又はそんな強いあやかしじゃないんだ。そんな強い鬼の気配なんかしたら恐慌状態になるに決まってるだろ」
「は?」
鬼の気配。
そう言われても柚子は何も感じない。
けれど、鬼に心当たりがないわけではない。
きっとあやかしにしか分からない何かがあるのだろう。
「何騒いでるのよ、にゃん吉!」
どう説明したものかと悩んでいると、横から透子の声が。
「柚子が来たなら私の部屋に連れてきてよ」
「いや、今それどころじゃねえんだよ。こいつから鬼の気配がしててだな……」
「鬼?」
透子は怪訝な表情をした後、柚子に視線を向けた。
「何かあったの?」
「話せば長いことながら……」
「なら、部屋で話しましょう。にゃん吉、お茶持ってきて」
当然のように東吉を顎で使う透子。
下僕な東吉は文句も言わず粛々と従う。
「……分かった」
キッチンへと向かっただろう東吉は、歩きながらすれ違った家の者達に大丈夫だと伝えて回り、ようやく猫田家は落ち着きを取り戻した。