出掛ける玲夜を見送った柚子は、雪乃に案内されて柚子のために用意された部屋へ。
そこは初日に案内された、玲夜の隣の部屋だった。
まるで高級ホテルの一室のような高級感漂う部屋だったそこは、なんともガーリーな部屋へと一新していた。
あまりの変わりように、別の部屋かと勘違いするほど。
「お気に召しませんでしたか?」
無言でいた柚子の様子に不安げにする雪乃。
柚子は慌てて首を横に振った。
「いえ、そんなことありません。とっても可愛いです」
可愛すぎて、本当にこの部屋を使って良いのか戸惑いを感じるほどだ。
「お気に召していただけたなら良かったです。使用人一同で部屋を整えたかいがあります」
ふんわりと笑う雪乃は、さすが鬼のあやかしと納得してしまうほど美しい。
まあ、美しさで言えば玲夜が飛び抜けているが、他にいた使用人達も皆容姿が整っていて、その中に混じっている柚子の場違い感が半端ない。
今後、幾度となく容姿に対する劣等感に苛まれそうである。
とりあえずそれは今のところ置いておいて、部屋の中を見て回る。
テーブルとベッドにソファー、その上にあるクッションやラグに至るまで可愛らしい色合いで合わせられていて、勉強机にはノートや筆記用具といった物まで準備されていた。
そして、部屋には専用のシャワー室まで完備。洗面所には高校生の柚子にはとても手が出せない高級化粧品。
「………」
さらに別の扉があったので開けると、そこはウォークインクローゼットになっており、今まで暮らしていた家の柚子の部屋ぐらいありそうな広さの中に、所狭しと服や鞄、靴といった物が並べられていた。
これらを見ていく度に、柚子は自分の顔が引き攣っていくのが分かる。
念のため聞いてみる。
「あの、ここにある物って……」
「勿論、花嫁様のためにご用意いたした物です。お好きにお使い下さい」
「そ、そうですか……」
にこにこと微笑む雪乃に、それ以上のことを言えず、柚子はそっと扉を閉めた。
鬼龍院。
知ってはいたが、半端ない。
朝、この家を出て帰ってくるまでにこれだけの物を用意するのだから。
しかもこんな小娘に、過ぎるほどの物を与えるなんて。
「何かご用がありましたらお呼び下さい」
そう言って部屋を出て行く雪乃。
一人になってようやく一息吐くことが出来た。
いや、一人ではなかった。
肩に乗っていた子鬼の二人が、柚子の方から下りてベッドの上でぴょんぴょん跳びはねて遊び始めた。
柚子はソファーに座ってそれを微笑ましく見ている。
ふと、視線を彷徨わせると、壁に掛けられたカレンダーが目に入った。
今日の日付を何気なく見ていた柚子は、一拍の後……。
「………あぁぁぁ!」
カレンダーで今日の日にちを思い出した柚子は大きな声を上げた。
何だかんだで忘れていたが、今日は平日。
そう、普通に学校がある日だ。
家から持ってきた鞄をひっくり返すと出てきたスマホ。
充電の切れたスマホの画面は真っ暗で、慌てて充電器を刺して充電を始め電源を入れると、何件もの通知が来ている。
着信も何件も。
それら全て学校の友人達。
特に多いのは透子からだ。
皆柚子を心配するもので、全然連絡を返さない柚子に段々心配度が増していくのが文面で分かる。
慌てて全員に無事なことを返信して、時間を確認すると、すでに学校は終わった時間になっていた。
そうなると今度は別の問題が。
「バイト!」
そう、今日はバイトを入れている日でもあった。
学校はもう間に合わないが、バイトならまだ間に合う。
急いで準備をした柚子は鞄を持って部屋を飛び出した。
迷いそうになる広い玲夜の屋敷をドタバタと走る柚子に、誰もが目を丸くする。
一目散に玄関に向かい、大急ぎで靴を履いた柚子に、焦りの色を隠せない雪乃と使用人頭がやって来た。
「花嫁様、どうなさいました!?」
「ちょっと、出てきます」
「えっ、どちらに!?」
その問いに丁寧に答える時間も惜しい柚子は、「ちょっとそこまで!」とだけ言い捨てて、屋敷を飛び出していった。
ポカンとその様子を見ていた使用人頭は、はっと我に返り。
「だれか、花嫁様を追え!いや、旦那様にもご連絡を……」
「花嫁様ー!」
突然飛び出していった柚子に、使用人達はパニックになることとなった。