***
「……うっ」
「瑶太!?」
それまでピクリとも動かず気絶していた瑶太が目を覚まして、花梨は声を上げる。
「くっ」
呻き声を上げつつも、ゆっくりと体を起こした瑶太に、花梨もそして両親もほっとした表情をする。
先程までの悪夢のような時間は、本当に夢だったのではないかと三人に思わせたが、目の前で倒れた瑶太がいる以上、夢だと現実逃避することも許されない。
「瑶太、大丈夫?」
今にも泣きそうな顔で花梨が問い掛ける。
「大丈夫、心配しなくていい」
とても大丈夫そうには見えない。何せ火達磨になったのだ。
けれど、服は焼け焦げているものの、瑶太自身の肌が焼けている所は見られない。
とても火に包まれたとは思えない綺麗な肌。
玲夜は霊力をぶつけたと言った。
それはその通りで、鬼の大きすぎる霊力をぶつけられ、その衝撃により気絶したに過ぎなかった。
鬼の、しかも次期当主たる玲夜が本気で霊力をぶつけていたら、気絶などではすまなかっただろうが。
そう考えれば、ある程度手加減をされていた事が分かる。
瑶太は妖狐の一族の中では上位の家の息子。
瑶太は憎いが妖狐一族との諍いは望んでいないという事なのだろう。
もし、花嫁のためとは言え、一族でも力のある家の瑶太をどうにかしていたら、さすがの妖狐の一族も黙ってはいない。
玲夜もそれは望んでいないから、お仕置きで済まされた。
けれど、瑶太がもし柚子にした事があれ以上のものだったら、玲夜は容赦しなかっただろう。
たとえ妖狐一族と全面戦争になろうとも。
「花嫁……。花梨の姉があの方の?」
瑶太の呟きを拾った花梨はムッとした顔をする。
「そんなはずないじゃない。あのお姉ちゃんが花嫁に選ばれるなんて」
花梨には矜持がある。
花嫁とは選ばれた特別な存在。
そう言われ大切にされてきた花梨は、姉が自分と同じ花嫁だということを享受出来なかった。
「瑶太君、先程の男はどういう者なんだい?鬼龍院と言っていたが、本当なのか?」
おずおずと問い掛ける父親に、その答えを返す。
「ええ、本当です。あの方は鬼龍院玲夜様。あやかしをまとめる鬼龍院家の次期当主。あやかしの頂点に立つ鬼のあやかしです」
「そんな方が、柚子を花嫁に!?」
口を押さえて驚く母親は、驚きの中にも喜色が見えた。
柚子にあれだけの我慢をしいていながら、自分の娘が選ばれたことが嬉しいのか。
そんな母親に花梨は。
「お母さん!そんな人がお姉ちゃんを花嫁に選ぶわけないじゃない。きっと何かお姉ちゃんがあることないこと言って同情をかって、その人に助けてもらっただけじゃないの!?」
「あの方はそんな甘い方じゃない。花嫁でもない限り、目の前で人が行き倒れていても道端の石ころのように通り過ぎる様な方だ」
瑶太は知っている。
普段の玲夜の無情さを。
「けど、あり得ない。お姉ちゃんが花嫁なんておかしい。しかも鬼の花嫁だなんて……」
花嫁を選ぶのはあやかしだ。
花梨がどう思おうと関係はない。
けれど、花梨は自分より上位のあやかしに姉が選ばれたことが信じられない。
これまで下に見ていた姉が。
「あなた、柚子をどうにか家に戻せないの?養子縁組だなんて、あの子は私達の娘なのに」
「だが、すでにサインをしてしまった」
「今まであの子を育ててきたのは私達よ。あの子だって今は意地を張ってるだけで、育ててもらった恩をちゃんと分かっているはずよ。ちょっと花梨に嫉妬してるだけなのよ、きっと」
母親の目に浮かぶのは欲望。
すでに花梨を花嫁に選んだ瑶太の家から援助してもらっているが、鬼龍院ともなればそれ以上の見返りがあるはず。
そう考えているのだ。
それに、自分の産んだ娘二人共が花嫁に選ばれたという優越感。
これまでしてきたことなど忘れ、何とかして柚子を手元に戻せないかと考え始めた。
「だがな……」
父親は躊躇うように考え込んだ後、自分ではどうにも出来ないと悟り、瑶太にその眼差しを向ける。
「瑶太君、何とかならないか?」
「瑶太、何とかして」
相手は鬼龍院。リスクが高すぎる。
父親の願いを叶える道理はない。
けれど、愛しい花嫁である花梨の懇願。
出来れば叶えてやりたい。
「分かった……。花梨が望むなら」
花嫁を得たあやかしの悲しい性。
花梨はただただ姉が自分より優位だということが許せないだけであり、瑶太もそれを何となく理解していても、花嫁の願いなら叶えてやりたくなるのだ。
それが、玲夜の逆鱗に触れると分かっていても。
「……うっ」
「瑶太!?」
それまでピクリとも動かず気絶していた瑶太が目を覚まして、花梨は声を上げる。
「くっ」
呻き声を上げつつも、ゆっくりと体を起こした瑶太に、花梨もそして両親もほっとした表情をする。
先程までの悪夢のような時間は、本当に夢だったのではないかと三人に思わせたが、目の前で倒れた瑶太がいる以上、夢だと現実逃避することも許されない。
「瑶太、大丈夫?」
今にも泣きそうな顔で花梨が問い掛ける。
「大丈夫、心配しなくていい」
とても大丈夫そうには見えない。何せ火達磨になったのだ。
けれど、服は焼け焦げているものの、瑶太自身の肌が焼けている所は見られない。
とても火に包まれたとは思えない綺麗な肌。
玲夜は霊力をぶつけたと言った。
それはその通りで、鬼の大きすぎる霊力をぶつけられ、その衝撃により気絶したに過ぎなかった。
鬼の、しかも次期当主たる玲夜が本気で霊力をぶつけていたら、気絶などではすまなかっただろうが。
そう考えれば、ある程度手加減をされていた事が分かる。
瑶太は妖狐の一族の中では上位の家の息子。
瑶太は憎いが妖狐一族との諍いは望んでいないという事なのだろう。
もし、花嫁のためとは言え、一族でも力のある家の瑶太をどうにかしていたら、さすがの妖狐の一族も黙ってはいない。
玲夜もそれは望んでいないから、お仕置きで済まされた。
けれど、瑶太がもし柚子にした事があれ以上のものだったら、玲夜は容赦しなかっただろう。
たとえ妖狐一族と全面戦争になろうとも。
「花嫁……。花梨の姉があの方の?」
瑶太の呟きを拾った花梨はムッとした顔をする。
「そんなはずないじゃない。あのお姉ちゃんが花嫁に選ばれるなんて」
花梨には矜持がある。
花嫁とは選ばれた特別な存在。
そう言われ大切にされてきた花梨は、姉が自分と同じ花嫁だということを享受出来なかった。
「瑶太君、先程の男はどういう者なんだい?鬼龍院と言っていたが、本当なのか?」
おずおずと問い掛ける父親に、その答えを返す。
「ええ、本当です。あの方は鬼龍院玲夜様。あやかしをまとめる鬼龍院家の次期当主。あやかしの頂点に立つ鬼のあやかしです」
「そんな方が、柚子を花嫁に!?」
口を押さえて驚く母親は、驚きの中にも喜色が見えた。
柚子にあれだけの我慢をしいていながら、自分の娘が選ばれたことが嬉しいのか。
そんな母親に花梨は。
「お母さん!そんな人がお姉ちゃんを花嫁に選ぶわけないじゃない。きっと何かお姉ちゃんがあることないこと言って同情をかって、その人に助けてもらっただけじゃないの!?」
「あの方はそんな甘い方じゃない。花嫁でもない限り、目の前で人が行き倒れていても道端の石ころのように通り過ぎる様な方だ」
瑶太は知っている。
普段の玲夜の無情さを。
「けど、あり得ない。お姉ちゃんが花嫁なんておかしい。しかも鬼の花嫁だなんて……」
花嫁を選ぶのはあやかしだ。
花梨がどう思おうと関係はない。
けれど、花梨は自分より上位のあやかしに姉が選ばれたことが信じられない。
これまで下に見ていた姉が。
「あなた、柚子をどうにか家に戻せないの?養子縁組だなんて、あの子は私達の娘なのに」
「だが、すでにサインをしてしまった」
「今まであの子を育ててきたのは私達よ。あの子だって今は意地を張ってるだけで、育ててもらった恩をちゃんと分かっているはずよ。ちょっと花梨に嫉妬してるだけなのよ、きっと」
母親の目に浮かぶのは欲望。
すでに花梨を花嫁に選んだ瑶太の家から援助してもらっているが、鬼龍院ともなればそれ以上の見返りがあるはず。
そう考えているのだ。
それに、自分の産んだ娘二人共が花嫁に選ばれたという優越感。
これまでしてきたことなど忘れ、何とかして柚子を手元に戻せないかと考え始めた。
「だがな……」
父親は躊躇うように考え込んだ後、自分ではどうにも出来ないと悟り、瑶太にその眼差しを向ける。
「瑶太君、何とかならないか?」
「瑶太、何とかして」
相手は鬼龍院。リスクが高すぎる。
父親の願いを叶える道理はない。
けれど、愛しい花嫁である花梨の懇願。
出来れば叶えてやりたい。
「分かった……。花梨が望むなら」
花嫁を得たあやかしの悲しい性。
花梨はただただ姉が自分より優位だということが許せないだけであり、瑶太もそれを何となく理解していても、花嫁の願いなら叶えてやりたくなるのだ。
それが、玲夜の逆鱗に触れると分かっていても。