突然入ってきた人外の美しさを持つ玲夜に、祖父母と、瑶太に見慣れているはずの花梨と両親ですら時が止まったように玲夜に釘付けとなる。


 同じあやかしでありながら、その目を奪われる美しさと圧倒されるような覇気は瑶太と比べものにならない。


 瑶太も一瞬唖然としていたが、直ぐに我に返ると驚愕した顔をした。


「あなた様が何故ここに」


 玲夜は一瞥しただけでその言葉に答えることなく、後ろから入ってきた高道に指示を出す。


「始めろ」

「かしこまりました」


 高道は両親と祖父母の間に入り、それぞれに名刺を渡していく。


「私、こちらにいらっしゃる鬼龍院玲夜様の秘書をしている者です」

「鬼龍院!?鬼龍院ってあの?」


 両親は驚いたが、祖父母はあらかじめ今回の話を鬼龍院家から聞いていたからか驚いた様子はない。


「本日は柚子様の養子縁組に関しまして、了承と手続きのためのサインをいただきに参りました」

「養子縁組!?」


 両親にとっては寝耳に水だろう。
 そんな両親に祖父は鼻息を荒くする。


「そうだ。もうお前達に柚子を任せておくわけにはいかん!柚子は俺達が引き取る」

「何言ってるんだ、親父!そんな事を勝手に」

「こうでもしなきゃ、柚子はこの家では幸せになれん!お前達ときたら花梨の事ばかりで柚子をないがしろにしてばかりだろう」

「そんな事ありませんよ。ただ、花梨は特別な子だから、花梨を優先するのは当たり前の事で」

「お前達はそればっかりだ。花嫁だから?それがどうした!それが理由になるとでも思ったか!!」



 両親と祖父母の言い合いはヒートアップしていく。
 らちがあかないと思ったのか、父親の矛先は柚子の方へと。


「柚子、お前はどう思っているんだ!?」


 父親が怒鳴るように問い掛ける。

 ここまで育ててくれたことには感謝する。
 しかし、ここに自分の居場所はない。

 父親と対峙することは勇気がいった。
 けれど、両親ははっきり言わなければ気が付かない。
 いや、言ったところで理解するかどうか。
 けれど、自分の意思を伝えるために柚子は俯きそうになる顔を上げ、しっかりと父親を見据えた。


「私はお祖父ちゃん達の子になる。ここにいたって私は幸せになれないもの」

「なっ!」


 はっきりと子供に言われて、ショックか怒りか、顔を赤くして体を震わせる父親。


「この親不孝者が!ここまで育ててやったのに……」


 父親が柚子に向かって大きく手を振り上げる。
 叩かれる。
 そう思って、目を瞑って痛みに備えたが、いつまで経っても痛みはやってこない。

 目を開けたら、玲夜が父親の腕を掴んでいた。


「玲夜……」

「離せ!なんだ貴様は。他人が口を挟むな!」


 父親は興奮しながら玲夜を怒鳴りつけたが、玲夜が一睨みすると、ヒッと声を上げて怯える。

 顔が整いすぎているから、一睨みだけでも凄い迫力がある。


 それでもやはり家長としての矜持があるのか、必死であらがいを見せた。
 まあそれも、震えながらではその虚勢も意味がないように見えるが。


「なんなんだお前は。柚子、どういうつもりだ!」

「柚子、我が儘もいい加減にしなさい。お母さん達を困らせて楽しいの!?」


 父親、そして母親が怒鳴る。
 いつだって悪者は柚子一人。
 自分達が悪いなどと微塵も思っていないのだ。
 どうしてこんな状況になったかも。
 柚子が血の繋がった家族を捨てるほどに追い詰められていたことを。

 それがどれだけ苦渋の選択だったか。
 いつか自分も家族の一員に入れてくれることを願い、それは無理だと気付いた時の絶望感。そして、諦め。


 柚子の願いや迷いをまったく分かっていない。分かってはくれない……。


「どこで育て方を間違えたのかしら。花梨ならこんな馬鹿なことしないのに」

「そもそもの原因はお前だろう。ちゃんと花梨や瑶太君に謝って、この人達には帰ってもらえ」


 ただただ柚子を責める両親に、柚子はグッと唇を噛み締める。
 続く両親の非難の声を浴びせられる中、言い返すことなく耐えていた柚子だったが、急に声が遠くなった。

 見ると、両肩に乗っていた二人の子鬼が、両方から柚子の耳を塞いでいた。

 こんな言葉は聞かなくて良いというように。

 そして、花嫁を傷付けられた玲夜も黙っているはずがなく。
 

「黙れ」


 たった一言。
 けれど玲夜のその一言はとても重く、両親のは興奮は一気に冷めたようだ。