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 翌朝、寝ぼけ眼で起き上がった柚子は、一瞬ここがどこだか分からなかった。

 すぐに昨日のことを思い出して、飛び起きる。

 やはり昨日のことは夢ではなかったようだと再確認する。


 これからどうしたら良いかと部屋の中をうろうろとしていると、部屋の扉がノックされ、玲夜が入ってきた。


「おはよう、柚子」

「おはようございます」


 朝から眩しいほどの美しさ。
 綺麗すぎて怖さを感じるほど。
 表情豊かというより、クールであまり表情が表に出にくいからだろうか、余計にそう思う。
 けれど、時折見せる微笑みは破壊力抜群。

 思わずくらりとしてしまうほど、玲夜に見惚れてしまう。


「よく眠れたか?」

「はい。ありがとうございます」


 突然家に押しかけて、着替えや寝床まで用意してくれたのだ、感謝しかない。
 昨日家を飛び出した時に感じていた暗く重い気持ちは今はない。
 玲夜が話を聞いてくれたからだろうか、少し清々しさすら感じるが、悩むのはこれからどうするか。
 いつまでもこの家にお世話になるわけにはいかない。
 そう思うと、またあの暗い気持ちが湧き上がってくる。


「着替えを持ってきた」


 そう言って渡されたのは、昨日着ていた服ではなく、見覚えのあるロゴの紙袋。

 祖父が買ってくれたワンピースを売っている、人気ブランドのあのロゴだ。
 中には服がいくつか入っている。


「あのこれ……」

「気に入らなかったか?」

「いえ、そうじゃなくて……」

「なら早く着替えて食事にしよう。外で待っている」


 さっさと出て行ってしまった玲夜。


「これ着ていいのかな?」


 けれど、渡されたということは着て良いということなのだろう。
 いつの間に用意したのかは分からないが、他に服もないので着替えることにした。



 素早く着替えて、外で待つ玲夜の元へ行く。
 そのまま後について行くと、食事が用意された部屋に案内された。
 どこの旅館だと言いたくなる座敷に二人分だけ用意された、朝食とは思えない、まるで料亭のような食事を取った。


 近くには着物姿の女性達が給仕をしてくれるので、なおさら旅館に来たような気分だ。

 突然現れた見ず知らずの女に、ここの人達はニコニコとしながら世話を焼いてくれるので、申し訳ないような気持ちになる。
 自分にはそこまでしてもらう価値などないのに。

 自分をおとしめるような言葉は良くない。
 そう思いつつも、これまでの柚子の生い立ちを考えればそうな考えを持ってしまうのは仕方がないことなのかもしれない。

 食事を終え、ごちそうさまと箸を置くと、柚子の目の前に湯飲みが差し出された。

 それ自体はなんらおかしなことはない。
 おかしいのは、それを持ってきた人物?だ。

 大きさは柚子の手のひらに乗るほどのサイズ。
 そして、頭には鬼のような角を生やした、三頭身の男の子が二人。
 一人は黒髪で、もう一人は白髪だ。


「小人?」

「あい!」


 可愛らしい声で抱えた湯飲みを柚子に差し出すその小さな二人は、幼い顔も相まって柚子の心臓を打ち抜くほどの破壊力があった。


「か、可愛い!」


 おそらく、ここにきて初めて見せた柚子の笑顔だっただろう。


「あい!」

「あい!」


 差し出してくる湯飲みを恐る恐る受け取り、ありがとうとお礼を言うと、その小さな子はにぱっと可愛らしい笑みを浮かべて、トコトコと玲夜の所へ走って行った。


「あの、その子は?」

「子鬼だ。俺の霊力で作り出した使役獣だ。あやかしは自分の霊力でこういう者を作り出すことが出来る。気に入ったか?」

「凄く可愛いです」

「なら、こいつらは柚子にやろう」

「えっ、でも……」

「かまわない。元々柚子にやるつもりで作ったからな。お前達はこれから柚子の側にいろ」

「あい!」

「あーい!」


 玲夜に命じられると、子鬼の二人は嬉しそうに手を上げた。


 お茶を飲みつつ、じゃれ合う子鬼達から目を離せないでいると、玲夜の元に昨日の年配の男性が紙袋を渡した。

 それをぼんやりと見ていた柚子の所へ、今度は玲夜がその紙袋を渡してくる。


「開けてみると良い」


 言われるまま中を開けてみると、そこには昨日玲夜に渡した、祖父からもらったワンピースが入っていた。
 しかも、引き裂かれていた所は綺麗に繕われ、見た目には分からないほど。


「これっ」


 玲夜を見れば、優しく微笑む顔が向けられていた。


「昨日急いで繕わせた。大事な物だったのだろう?」

「っ、はい。あり、がとっ……」


 鼻がツンとして、涙が浮かんでくる。

 祖父にどう謝ろうかと思っていたのに、ここまでしてくれて、あまりの嬉しさに思うように言葉が出ない。

 直されたワンピースをギュッと抱き締めてお礼を言った。

 玲夜は笑みを浮かべ、ワンピースごと柚子を抱き寄せた。


「お前のためならこれぐらい容易いことだ」

「鬼龍院さん……」

「玲夜と呼んでくれ。俺の唯一にはそう呼ばれたい」

「……玲夜、本当にありがとう」


 祖父母や透子以外で、こんなに嬉しい気持ちにしてくれたのは玲夜が初めてだ。