玲夜が柚子を連れて屋敷に戻ると、使用人達は大騒ぎとなった。
次期当主に花嫁が見つかったのだ。
ただでさえ霊力の強い玲夜をさらに強くしてくれる花嫁。
繁栄の象徴。
喜ぶなと言う方が無理というものだ。
屋敷中が浮き足立つのが気配で分かる。
玲夜は早々に柚子を連れて自室へと入っていったが、この屋敷は玲夜の霊力により守られた結界内のようなもので、中のことはだいたい分かる。
そんな屋敷内で、激しい霊力のぶつかり合いが始まり、一瞬警戒を強めたが、時々聞こえる「私が花嫁様のお世話をするのよ!」とか「いいえ、私の方が年齢が近いわ!」という叫びで大体のことが察せられた。
どうやら、誰が柚子の世話をするかで揉めているらしい。
柚子には聞こえていないのが幸いだ。
玲夜は、あやかしが使える念話という能力で、使用人頭へ物は壊すなとだけ伝えておいた。
もう遅いかもしれないが……。
一息吐いて、明るい場所でよくよく柚子を観察してみて、柚子が何やら大事そうに布のような物を持っているのに気付いた。
話を聞いてみると、ぽつりぽつりと柚子は自分の生い立ちと、こうなった経緯を話し始めた。
苦しそうに、そして悲しげに話す柚子が痛ましく、こんな思いをさせている柚子の家族に怒りが湧く。
それと同時に、それを喜ぶ黒い自分を自覚する。
家族から必要とされないことを嘆く柚子。
心が弱っている今の柚子につけいることはとても簡単なことだろう。
ドロドロに甘やかして、愛されていることを自覚させれば、きっと自分なしではいられなくなる。
そんなことを思って嗤う玲夜は、柚子の前ではそんな素振りを見せない優しく甘い顔で、柚子の持っていたワンピースを預かり部屋を出た。
すぐに使用人頭を呼び、ワンピースを渡す。
「これを新品同様に戻せ。柚子の大事な物だ」
「かしこまりました」
一礼をして去って行った使用人頭。
屋敷内も静かになっていたので、どうやら決着は付いたようだ。
部屋に戻ると柚子があくびをしており、部屋へ案内させるために念話で人を呼ぶ。
柚子がいなくなった部屋で、これからのことを思案していると、扉がノックされる。
「入れ」
そうして入ってきたのは、公私共に玲夜の秘書を務める、玲夜の右腕と呼ばれている荒鬼高道。
鬼龍院の分家の跡取り息子で、玲夜とも年が近いことから、幼少期から玲夜に付き従ってきた。
「こちらが、花嫁様の調査報告です」
差し出された書類に目を通す。
内容は柚子に関する情報だ。
年齢から、通ってる学校や、趣味趣向。
生い立ちから、交友関係まで。
柚子と出会ってから何時間も経っていなかったが、鬼龍院の情報力をもってすればこれ位は容易いことだ。
生い立ちや、家庭での状況は先程柚子から聞いていた通りの情報だった。
甘やかされた妹と、ないがしろにされる姉。
妹が花嫁ということを考えれば致し方ないとも言えるが、柚子への扱いは妹が花嫁に選ばれる前からのこと。
ああ、何故もっと早くに柚子を見つけられなかったのか。
そうすれば、こんな扱いなどさせなかったというのに。
玲夜は、柚子との出会いが遅かったことを悔やんだ。
「いかがなさいますか?」
「まずは、全ての分家に花嫁が見つかったことを通達しろ。そして、鬼山には桜子との婚約を白紙にする旨も伝えるんだ」
桜子とは、一族で決定された玲夜の婚約者。
しかし、花嫁が見つかった以上それも白紙となる。
優先されるべきは花嫁なので、鬼山の家も花嫁の登場に喜びこそすれ、婚約白紙に文句を言ってくることはないだろう。
あとは、どうやって柚子をあの家から助けるか。
「高道、柚子の祖父母と直ぐに連絡を取れ」
「かしこまりました」
「……あんな家族なら、いなくても問題ない。そうだろう?」
玲夜はくくっと凶悪な笑みを浮かべた。