ゆっくりと少女との距離を詰めると、少女が泣いているのに気が付いた。
何故泣いているのか、何が彼女を悲しませているのか。
彼女を苦しめる全てから守りたいという気持ちが湧き上がってくる。
玲夜は今までに感じたことのない感情の揺れに戸惑うが、これが花嫁を見つけたあやかしの心なのかと納得もした。
戸惑いはするが、それが目の前の少女によって与えられたものなら悪くないと考える自分がいる。
けれど、そう感じれたのはその時まで。
焼け爛れた少女の手を見て、眉を顰める。
ただの火傷ではないことには直ぐに気が付いた。
その手にまとわりつく妖狐の霊力。
自分以外の者の霊力が少女にまとわりついていることにも、そして何より己の花嫁を傷付けられたということに、今まで感じたことのない怒りを感じた。
少女を見れば、既に涙は止まっており、今は戸惑いが大きいことに気付く。
まあ、当然だろう。
少女にとっては見ず知らずの他人なのだから。
けれど、そんなものはこれから知っていけば良いのだ。
まず手始めに名前を聞けば、帰ってきたのは柚子という可愛らしい名前。
これまでになく、優しい気持ちが次から次へと溢れ出てくる。
冷酷な次期当主の姿は柚子の前にはなかった。
「俺は玲夜。鬼龍院玲夜だ。ずっと捜していた。俺の花嫁」
玲夜も名乗れば、柚子は驚いていたが、そんな顔も可愛らしく、思わず抱き寄せてしまった。
抱き寄せてから、早急すぎたかと反省する。
あやかしは花嫁を認識できるが、人間はそんなことは分からない。
初対面の男に抱き締められたら、普通の女性は怖がるだろう。
そう思った玲夜だったが、傷付いた柚子を離しがたいと車まで抱っこしていくことにした。
家を聞けば、帰りたくないという言葉が返ってきて、すぐに何かしらの問題があることが察せられた。
まあ、妖狐の霊力によって傷を負っていた時点で、何かあるのは分かりきったことだが。
とりあえず、不愉快な妖狐の霊力と痛々しい傷をどうにかしようと、傷を治す。
どうも柚子は花嫁だと言うことが信じ切れない様子。
まあ、無理はないし、それは想定内なので何ら問題はない。
ゆっくりと時間を掛けていけばいい。
そう思っていた玲夜に、柚子は問い掛けた。
「あなたは、私を愛してくれる?」
身を切られそうなほど切ない慟哭に聞こえた。
信じたい。けれど信じられない。……けれど信じたい。そう言っているようだった。
ならば、玲夜のすべきことは決まっている。
言葉で、そして態度で、柚子に信じてもらえるようにすれば良いと。
悲しみの色を宿す柚子を、そっと腕の中に招き入れた。
そして、柚子を抱き締めたまま、それまでとは違う刃のような鋭い眼差しをした玲夜が、助手席に乗る自身の右腕に目配せすると、彼は心得たというように一つ頷き、スマホを操作し始めた。
一族に繁栄をもたらしてくれる花嫁のため、鬼龍院が動き始める。