それを感じたのは突然だった。


 鬼龍院ではいくつかの事業を行っている。
 世間では鬼龍院グループと呼ばれる一大企業となるそれを取り仕切っているのは玲夜の父親だが、会長である父親の下で、玲夜も社長として携わっている。

 その仕事の帰り道。

 いつも通り専属の運転手によって動く車の後部座席に座る玲夜。

 社長ともなるとこなす仕事量も多く大変だが、父親は会長であると同時にあやかし達のとりまとめ役としての仕事もあるので、玲夜が頑張るしかない。

 それ故、車の中ですら時に仕事場所となる。

 書類に目を通し、仕事を裁定していく最中に、突然心臓がざわざわするのを感じた。

 玲夜の霊力が磨いだ刃のように鋭さを帯び、意識していないのに感覚が研ぎ澄まされる。

 何故だか無性に心が落ち着かない感じがして、玲夜は常にない自身に僅かに動揺する。


「なんだ、これは……」


 言いようのない不思議な感覚。
 体調でも崩したかと思ったが、あやかしが病気になることなどほとんどない。

 内側から溢れ出てきそうな何かに、玲夜は胸元の服を握り締める。

 そして、ふと外に目をやった時、歩道橋の上に人がいるのが見えた。

 走る車の中からなのに何故かそれはスローモーションのように見え、そこに立つ少女の顔を見た瞬間心臓がどくりと激しく脈打った。


「止めろ!!」


 玲夜は考える前に、言葉が口から出ていた。

 玲夜の叫びに、運転手は慌ててブレーキを踏み、路肩に車を止める。


「ど、どうかなさいましたか?」


 運転手の言葉に返事をすることなく、玲夜は車から飛び出した。

 そして、歩道橋へ。


 階段を一段一段ゆっくりと踏みしめて上がっていく。
 少女の姿が明確になり、距離が近付くその度に強くなる溢れ出そうになる感情。

 
 少女はまだ玲夜の存在に気付かず、どこか遠くを見ていた。

 こちらを見ろ、その目に自分を映せと、心が叫ぶ。


 少女との距離はもうすぐそこに。
 そうなって、ようやく少女は玲夜の方を向いた。

 交じり合う視線。

 その瞬間に溢れ出たのは、歓喜。


 過去、花嫁を持った者達は口を揃えて断言した。

 会えば分かると。


 ああ、確かにその通りだと、玲夜は納得した。

 会えば分かる。
 一目見て、玲夜は確信した。

 この少女が自分の花嫁だと。

 何故分かると聞かれても言葉で伝えること出来ないが、間違いはないと玲夜の本能が告げている。

 
「見つけた」


 俺の、俺だけの花嫁を。
 玲夜は歓喜に震えた。