女性に案内されたのはすぐ隣の部屋だった。
まるで高級ホテルの一室のように綺麗に整えられた部屋を、興味津々に見回していると。
「失礼します」
そう言って、突然女性が柚子の服を脱がしに掛かった。
ぎょっとした柚子はすぐに女性から距離を取る。
「なな、何ですか?」
「着替えのお手伝いをと思いまして」
「自分でできるので大丈夫です!」
「そうですか?」
酷く残念そうな女性の表情にほだされそうになったが、子供ではないのだから手伝いなど冗談ではない。
渡された着替えは浴衣だった。
まるで旅館に来たような気持ちで着替え終えると、女性はまだニコニコとしながら待っている。
「お洋服は洗濯しておきますね」
「ありがとうございます」
「とんでもございません。花嫁様のお手伝いが出来るなど、光栄なことですわ。争奪戦に勝ったかいがあります」
「争奪戦?」
「ふふふっ」
女性は上品に笑うだけ。
「あの花嫁なんですよね、私?」
「勿論でございます。玲夜様がそうおっしゃいましたから」
「玲夜、さんというのはどういう人何ですか?」
「玲夜様はこの鬼龍院のご子息であらせられます。鬼龍院のことはご存じですか?」
「それほどは……。すみません」
「構いませんよ。これからゆっくりと知っていけばよろしいのですから。
あやかしの頂点に立つあやかしである鬼。その鬼にはいくつかの家がありますが、鬼龍院家はそれらを取りまとめる本家筋。玲夜様はその本家の次期ご当主になります」
「あなたも鬼なんですか?」
「はい。この家にいる者は皆、鬼のあやかしでございます。
私は分家のそのまた分家に当たる者ですが、ちゃんと鬼でございますよ」
ほらと言うように、手のひらを上に向けると、青い炎が手のひらの上に現れた。
握り締めるとそれはすぐに消え去ったが、確かに人間ではないようだ。
女性は洗濯物を持って出て行った。
一人になってようやく一息吐けたような気がする。
ベッドの上にばふんと飛び乗る。
寝そべって、右へ左へ転がって、しばらくしてからようやく気がすんだ。
今日は色んな事がありすぎて、家での大騒ぎが随分前のことのように思える。
「花嫁……」
自分をそんな者に選ぶようなあやかしがいたということが驚きだ。
まだ実感は湧かないが、あんなに美しい人に愛そうと言われて舞い上がらないわけがない。
甘いご褒美を目の前に突きつけられているような気分だ。
信じて良いのだろうか。
柚子としては、信じたい。
あの紅い瞳に嘘はなかったと。
この時すでに、柚子は囚われていたのかもしれない。あの紅い瞳に。



