「学校が近いのがいいな」

「歩いて行けるようなところを選んだんだ。交通費かからないし」

「彼女とかは?」

「そういうのは、本当に好きな人ができてからでいい」

朝の通学時間帯は人通りが多くて、俺の存在に慣れた人間たちは、もう俺を見かけても、特に騒いだりなんかはしない。

「俺さ、悪魔なんだけど」

「うん、知ってるよ」

それが、何でもないことのように、涼介は言う。

「だからなに? だからって、悪いこととか、嫌なこととか、特別なことさえしなければ、普通にしてられるでしょ」

「俺は普通か?」

「それが嫌なの?」

涼介は俺の肩に手を置くと、耳元でささやく。

「普通が一番難しいんだぞ」

にやりと得意げに笑う涼介に、俺は舌打ちをする。

知ったような顔しやがって。

それじゃあ、俺がここにいる意味がないじゃないか。

アズラーイールが、また学校に結界を張っている。

俺は校門の前で立ち止まった。

「なんだよ、ここまで来て、入らないのかよ」

「入る気が失せた」

涼介はそんな俺をおいて、校内へと入っていく。

「お前も後から来いよ!」

笑顔で手を振って、校舎に消えるその背中に、俺はため息をつく。

「し、獅子丸さまぁぁ!」

涼介の姿が消えるタイミングを見計らったように、スヱが駆け寄ってきた。

「あ、あの、涼介って、涼介って……」

スヱの、茶色いふんわりとした巻き髪から、シャンプーの甘い匂いが漂う。

あのヘドロのような沼の臭いが、完全にかき消されていた。

「お前にも分かったのか」

「はい! と、いうことは、いよいよですね!」

そうだ。

だから俺は、契約を急がなければならない。