泣いているーー。
私じゃない。彼だーー。

抱き締める腕に力が込められるのと反対に、抱かれている私の身体からは力が抜けていく。

足の先から、指の先から。
私を構成する、私たるものの全てが消えていく。

ああーー、消えていくのだ。

死ーー、と呼ぶべきものが還ってやがて廻りゆくものだとするならこれは違う。

私は無になっていく。消えていく。

この世の理の全てから外れ。
この世の仕組みからも外れ。

たゆたうこともなく。
廻っていくこともなく。
ただ、ただ。
淡雪が如く消えていく。

既に動かすことのできない指先から、感覚の全てが薄れていく。

あたたかなぬくもりも。吐息も。胸を焦がすような想いの全てもーー。

彼が泣きながら叫んでいる。
間近に見える金の穂のような髪が頬に落ちてくる。

光を撒き散らしながら、あたたかく燃え盛る薪のような真紅の燐光のような瞳が哀しみに染まっている。

そんなに泣かないで欲しい。
そんなに苦しまないで欲しい。
そんなに自分を責めないで欲しい。

できることならその体を思いきり包み込んで抱き締め返したい。

わたしは出来るだけ力を振り絞って口を開き、言葉を告げた。

告げるなり、私の身体はさらに溶けるように銀の粒子を舞い散らせながら、吹雪のように消えていく。

精一杯笑って。
せいいっぱい紡いだ「ことば」は、意味と成って彼に届いただろうか?

彼はきっと泣き虫だから。
彼はきっと後悔するだろう。

わたしが消えてしまったあとも、きっとーーーーー。