「ああ、あれはうちを担当しているコンサルの麻倉さんって人」
 何でもないことのように、彼女の名前を口にした。少しでも私が気にしている素振りをしてはいけない。
だって響子は、他人の恋愛沙汰が好きだから。
「それじゃあ、取引先の人ってことですか?」
「そう。今日あそことの打ち合わせ、予定に入ってたかな」
 それとなく仕事を匂わせてみる。でも、響子には通じなかった。
「でもあの女の人、やけに距離近くないですか?」
「そうかな」
 確かに、そういう風にも見える。まるで、仕事の合間に待ち合わせた恋人同士のようにも。
「やー、どうしよ。ちょっとワクワクしてきちゃいました、私」
「響子ダメよ、憶測でものを言ったりしたら」
 いつも先走る響子をたしなめた。響子に限って、言いふらすようなことはしないと思うけれど。
「もうっ、わかってますよー。確証もないこと言いふらしたりしませんって。
美奈子たちじゃあるまいし。そんなことより、三谷さんデザート決まりました?」
「あー、ごめん……やっぱり私はやめておくわ」
 あの光景を見た途端、デザートなんて食べる気分じゃなくなってしまった。
「えー、ホントですか? 私頼んじゃいますよ。すみません、店員さーん……」
 違う。響子がどうこうじゃない。
私が憶測のままにしておきたいんだ。
あの二人がどんな関係だろうと、今は真実は知りたくない。
 このカフェお手製のプリンが二つものったデザートにはしゃぐ響子を前に、私は一人憂鬱なため息をもらした。