「本当にすみません。こんなことをするつもりなんてなかったんです。……軽率でした。彼女に誤解されたりしたら申し訳ない」
 必死に頭を下げる岩井田さんに、私は慌てて両手を振った。
「大丈夫です。これは……事故みたいなものですから。私こそ、ついびっくりして振り払ってしまって。お怪我はないですか?」
「僕は大丈夫」
 何度も頭を下げる岩井田さんをどうにか宥め、私たちはオアシス部へ戻った。おかげで今日一日、岩井田さんともギクシャクして過ごすはめになった。
 それにしても、とんでもないところを美奈子に見られてしまった。美奈子は、このことを言いふらすだろうか。
岩井田さんは女性社員たちから人気があるし、美奈子からすれば、これは私を追いつめる格好の材料のはずだ。
『あのお局が性懲りもなく、今度は岩井田さんに手を出した』とでも美奈子が触れ回れば、私は社内に大勢いる岩井田ファンの女の子を全て敵に回すだろう。そう考えただけで、気が滅入る。
 それに私には、もう一つ気になることがあった。
――美奈子は一体、何をしにここまで来たんだろう?
美奈子のいる外食事業部は5階でフロアも違うし、ここには外食部が用事で訪ねるような部署もない。
 でもあの時確かに、美奈子は私の名前を呼んだ。私に会うために、わざわざこんなところまで来たの? でも、今の部署にいる限り私と美奈子の仕事上の接点は何もないはず。
「まあ何か言いたいことがあるなら、また向こうから来るよね」
 こうして一人であれこれ悩んでても仕方がない。私はもう考えることを放棄して、デスクに積み上げられた書類に手を伸ばした。