「先輩ってコーヒー淹れるのもうまいよね。詳しいの?」
「全然。使ってるのも普通のコーヒーよ。スーパーで買えるやつ」
 食事を終え、二人で食後のコーヒーを飲んでいた。お腹が満たされて落ち着いたのか、上村の表情もリラックスしている。
「お茶もうまいし、コーヒーもうまい。満足にお茶一つ入れられない女子社員たちに、講習会でもしてあげれば?」
「どうして私が。上村だっておいしいお茶淹れられるじゃない。上村こそ講習会やれば? みんな喜んで参加するわよ」
「やだよ、面倒くさい」
「何よ、それ」
 自分が面倒くさいって思っていることを、どうして私にやれだなんて言うのだろう。あんまりな言い草に、つい吹き出してしまう。
「そういえばさ、上村ってどこでお茶の入れ方を習ったの? 女の子でもちゃんとした手順を知らない人も多いのに」
 実はずっと、不思議に思っていた。上村はお茶の入れ方だけでなく、急須や湯呑みを熱湯で温めるところから知っていた。一体誰に教わったのだろう。
「……母親が、そういうのうるさくて。家でやらされてただけですよ」
「へえ……そうなんだ」
 今初めて、上村から家族のことを話してくれた。それとなく話題を振ってみようか。――ご家族のこと、私にも話してくれるだろうか?
「上村のお母さんって厳しい方なの?」
「いえ、全然。普段は温厚なんだけど、躾となると厳しかったって感じかな。うちの母親あんまり家に居なくて、俺が家事を手伝うことが多かったから、どうせやるならちゃんと覚えろってとことん仕込まれた」
「いいお母さんじゃない」
「まあ……そうですね」
上村の表情が柔らかくなった。やっぱりお母さんのこと、好きだったんだな。
 ……これは、祥子さんに言われたことを話してみるチャンスなんじゃないだろうか?
余計なお節介だと言われるのも覚悟して、ついに私は声を出した。
「上村あのさ、上村のお母さんって亡くなってるのよね?」
「……は?」
「実は……この前、母の病院で祥子さんに会ったの。土井祥子さん、……上村の叔母さんなのよね?」
 再び祥子さんの名前が私の口から出たことに驚いたのか、上村はコーヒーカップを口に運びながら眉間にしわを寄せた。不機嫌さを隠そうともしない。
ほんの数秒で、それまでの和やかな雰囲気は一変してしまった。