「失礼します」
「ああ、三谷さん。お茶をありがとうございました。とても美味しかったですよ」
「ありがとうございます、館山部長」
 今日は朝から部内の定例ミーティングがあり、オアシス部の営業社員が集まって、テナント契約の進捗状況の報告があった。現時点で難航しているところはないらしく、皆顔つきも穏やかだ。
 ただ、アパレル関係のテナントを担当している営業社員が一人夏風邪をこじらせてしまい、長い期間欠勤していた。アパレル部門はテナントの件数も多く、一人でも担当が減るとすぐに回らなくなるらしい。
彼の代わりに上村がそのフォローに走り回っていると、私は岩井田さんから聞いていた。上村はよほど忙しいのか、しばらく私も社内で彼の姿を見かけていない。
 それなのに、今日に限って、慌ただしく次の仕事へ向かう面々の中に上村を見つけた。上村は自分のデスクへ戻ろうとしていたところを部長に呼び止められ、二人で話しこんでいる。
視界の端で上村のことを気にしながら、私はそっとミーティングルームを後にした。
 あれ以来、上村は私の部屋には来ていない。仕事も忙しそうだけれど、避けられているような気もする。会社でも、たまに顔を合わせても視線を外されてばかりだった。
 あの夜、私は上村に踏み込みすぎたのだろうか。だから上村は、私のことを避けている?
また上村に拒絶されるのが怖くて、私は自分から上村に声をかけることができずにいた。

 給湯室に戻り後片づけをしていると、廊下から誰かの足音が聞こえてきた。
「お疲れさまです」
 振り返ると、これから外出するのか、片手にビジネスバッグを提げた上村が立っていた。
「……お疲れさま」
 こうして、真正面から上村を見るのは久しぶりだ。とても長い間、彼と言葉を交わしていなかったような気がする。久々の上村は、かなり疲れが溜まっているように見えた。
「先輩、俺今すげー忙しいんだ」
「うん、知ってる。岩井田さんから聞いてるよ。他の人のフォローまでやってるんでしょ」
「もう、飯食う暇もないくらい」
 何が言いたいのだろう?
「上村、ちょっと痩せた? ちゃんと食べられるときに食べなきゃ倒れちゃうよ」
 期待してしまいそうになる気持ちを押さえて、私は先輩風を吹かせた。そんな私に、上村はついと歩み寄る。
「俺、先輩の飯が食いたい」
「ああそうなの、って……え?」
「今日行ってもいい?」
「あー……、いいけど。上村、私のこともう怒ってないの?」
「どうして?」
 上村を怒らせたように感じたのは、私の勘違いだったんだろうか。上村は眉をしかめて、小首を傾げている。
「だって……、いや、やっぱりなんでもない」
 私は片手を振って誤魔化した。
「俺今日直帰だから、出先からそのまま寄ります」
「ん、わかった」
「じゃあ」
 それだけ言うと、上村はすぐに出て行った。
 今夜、上村が来る。食事を当てにされているだけなのに、どうしても心が浮き立ってしまう。
「こんなことやってる場合じゃない。仕事片づけなくちゃ」
 なんとか頭の中を仕事一色に切り替えて、私は給湯室を後にした。